山本常朝(やまもと じょうちょう)という方が書き残された「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」のフレーズはあまりに有名な「葉隠」という書物。
これは当時中高生だった僕の精神構造の基盤を担ってくれていた書物のひとつでその思想は今現在でも心の奥の奥の方でひそかに蠢いているのを時たま感じる事があります。
或る人云ふ、『意地は内にあると、外にあるとの二つなり。外にも内にもなきものは、益に立たず。』と。(聞書第二)
ふと、この部分が脳裏に蘇りました。
意地というものは、これまた厄介な代物でして同書の中で
刀の身の如く、切れ物を研ぎ鞘に納めて置き、適度に出納するのがよろし。
外に出し白刃を見せびらかし振り回すような方には人様は寄りつこうともしないものですが、反対に内に納め続けていれば錆びつき、刃も鈍る。などというようにたとえております。
意地を張るのもほどほどにと嗜める自分がふと湧いてきたのでしょうか。
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