敗北感は私の人生にずっと付き纏っている | 自活屋徳々の誰にも読まれない役立たずな随筆

自活屋徳々の誰にも読まれない役立たずな随筆

あくまで自分の関心のあることだけを綴る随筆で、それが誰かの役に立つかどうかは読み手に委ねるところ。
私が一番関心あるものは、どうやって死ぬか。死に様は生き様の末路、ならばそれまでの行程は、激しく穏やかに溌剌と愉快に生きてゆきたい思いです。

帰阪二日目の夜は

学生時代の同級生たちと

半年振りに飲んだ。


彼らとは六年前の同窓会を機に

半年に一回のペースで

飲み会を開いている。

毎回私が同級生に声を掛け

親友が店を手配する、そんな流れだ。



今回はコロナの関係で

当初の十五名から、

きよっさん(高校生時代溜まり場

きのっぴ(小学生時代の親友)

と私の三名となった。



中止も考えたが、

野郎同士の少人数の飲み会も

久々だったので続行した。



きよっさんとは高校時代、

彼の家が溜まり場だったこともあり

よく家で仲間たちと大いに遊んだ。

高校時代と言えば

頭の中はほぼ女のことで

頭がいっぱいだった。


どうしたら女とやれるか

そんな計画を綿密に立てる中、

最終的にいつも

近所のレンタルビデオで

お気に入りのAV作品を数本借りて、

60インチほどの大きな画面で

鑑賞させてもらい、

順番にやることやって

とっとと退散させてもらった。


若さや青春には

やるせないほど悶々とした

性への関心があり

童貞をいつ突破できるか

それしか興味のない年頃だった。



一方親友の、きのっぴとは

小学三年四年が一緒で

家も近かったのでよく一緒に下校した。


どんな会話をしていたのかは

あまり覚えていない。


その頃従兄弟の姉ちゃんに恋をしていた

そんな不埒なことを私は

当時から話していたと思う。


それと拾った棒切れを

ぶらぶら回しながら寄り道しながら

家路へ辿った光景も鮮明に浮かぶ。


運動会の徒競走で

彼に絶対勝てなかったことも

今もはっきり覚えている。


その頃悔しいと云う感情は

確かにあったはずだが、

負けることに慣れる

ひとつのきっかけが

あの頃に培ったんではないかとも

今考えると思える。


かなり断片的ではあるが、

その頃の記憶は今よりかなり

幼い視点で捉えているが、

とても残酷だがリアルなものだ。


中学ではお互いそれほど

絡みはなくなった。

あの頃はクラスメイトだけと

仲良くなる風習に

私はまんまと従うタイプだったからだ。


高校は別々だったが

家が近かったので、

道で偶然会えば

その場で立ち話をする。

その頃の彼はかなりイケイケで

自身の武勇伝をよく語っていた。

所謂やんちゃな奴だ。

私も彼の話を聞くのが好きだった。


意外と真面目で

枠からはみ出さない私は

彼の言動に少し憧れていた。

なぜかこいつには勝てないと

いつも話しながら感じていた。


負けること、所謂敗北感は

私の人生に

ずっと付き纏っていることだ。

その劣等感こそが自分を奮い正す際の

着火剤となっている気がする。


特に恋愛に於いて、

相手に振られることや

仲違いしてしまうことや

拒絶されてしまうこと

誰かに奪われることなど

自分の至らなかった点を

知らしめられる。

その傷を負うことで

自分の負けを認め、

ひとつの経験を通し成長の糧を

手に入れることができる。

そう自分を諭しながら生きてきた。


一時は傷付いた心の隙間を埋めるため

手当たり次第女性に

アプローチしたこともあった。


うまくいったこともあったが

本心ではない自分の行為を

体は正直に拒否してしまうため

結局相手に

迷惑をかけてしまったこともある

最低な男だったと思う。


そうした自分のカッコ悪さは

ブログや小説のキャラクターに

語らせることで、

自己バランスをとっている。

ひょっとしてこれって

小説家あるあるではないかとも

思ったりする。



随分話しはそれたが、

やはり同級生との再会により

幼き頃のイケてない自分を

思い出してしまう。


あの頃の自分も

今も大して変わっていないが

見てくれや年齢を重ねていることで

誤った信用を獲得している。


素に戻っても

歪んだ価値観を持っていても

心の内側に在る本心を晒しても

受け入れてくれる仲間がいることに

私はとても感謝している。


それが仲間であり親友である。


ずっと大切にしていきたい

自分の財産だ。


宴もたけなわとなり

ひとり帰りの地下鉄に乗りながら

このブログを書いた。


後ろには、ビルウィザーズの

この曲が流れていた。


ユーズミー





左がきのっぴ

右が自活屋 徳々

 2004