焔
すべてを焼き切りたい思い
すべてを焼かれた自分
白い磁器の中で
燃える青い焔が
黒い漆器の中で
燃える赤い焔が
絶え間なく焼き尽くす
すべての世界を
膨大な靴を焼き尽くす匂い
膨大なフィルムを焼き尽くす匂い
鼻腔の粘膜に張り付く匂い
生と死を繋ぐ細い管を
見据えながら
焦げ臭い枕に
突っ伏していた夜
髪の毛の焼かれる匂い
骨の焼かれる匂い
誰をも許さない思い
誰をも裏切る決意
すべてを焼き切りたい思い
すべてを焼かれた自分
愛と勇気だけが友達さ
「愛と勇気だけがともだちさ」は、
アンパンマンのオープニングソングの歌詞なんですが、
これは大人でも充分聞き応えのある、
むしろ大人でなければ分からないような歌詞がちりばめられています。
「何が君の幸せ? 何をして喜ぶ
分からないまま終わる そんなのは嫌だ」
という一節なのですが、
この詩が上手く出来てるなぁと思うのは
「何が君の「幸せ」=何をして喜ぶ」
という幸せの定義を最初にしてくれているところです。
いきなり幸せについて語られても、で、幸せってなんなのさ?と思うけど、
「何をして「喜ぶ」」ことこそ幸せなんだと。単純にして明確。
そして、「分からないまま「終わる」」っていうのは「人生の終わり」でもあるのかと。
つまり、幸せ(何をしたら喜べるのか)を知らないで死ぬのは嫌だと。
これが分からないまま終わる人って、結構多いのではと思います。
うちの母にも物心ついた頃から、
あなたはああしてこうすれば幸せになれる、と教わってきたわけですが、
案外、そういうステレオタイプだけでは幸せになれないものなんですよね。
人から褒められる生き方、名誉な生き方であっても、
積み重なる日々を喜べないと
多分それが「何をして喜ぶ」ことと繋がらないからじゃないかなって思います。
必死で頑張って、親や周囲の興味は一時的に引ける結果になっても、
周囲の喜びが自分の幸せに繋がらないこともあって、
どこかその褒められる何か、の先に淡々と続く毎日が虚しかったような。
わたしは学生時代までいつも、
自分より他人に褒められる生き方を取って来てしまったので、
(今はすっかりそんな生き方から、ドロップアウトしてしまいましたが)
「分からないまま終わる」怖さを知っているが故、
考えさせられてしまうのです。
ちなみに、アンパンマンのパンを分けることは、キリスト教由来だと思いますが、
一つのパンを二人で分けることは、「copan」=「友達」という意味があるそうです。
愛と勇気だけじゃなくて、パンを分けた友達がいっぱいいるんですね、
アンパンマン。それゆけ!
(2003.8.14)
リスの実
冬になると
丘の上のおおきなその木には
丸くなったリスが
いっぱいいっぱいなっている
リスの木を ゆさゆさゆらすと
実ったリスがいっぱいおちてくる
リスの実を一つひろって
それから
たくさんあつめて
スカートにいっぱいのっけて
おもいおもいと
スカートの上でころころ転がしながら
おうちに帰る
たくさん取れたリスの実を
ふとんにならべると
おおきなしっぽに顔を埋めていた
リスがもぞもぞうごきだす
ひろってきたたくさんのリスたちと
いっしょにねむる
ねているときにふまないように
リスたちはすこしたかいところにならべて
ふとんをこしらえる
リスはさむいから
またリスの実にもどって
丸くなってねてしまう
窓辺にならんだリスたちは
月のひかりをあびて
すやすや寝息をたてている
春まで寝息をたてている
猫キック
飽き足らない
くじらの絵を描いて呑み込む
飽き足らない
足の指をすべて伸ばして開いて
各自勝手に動くきのこみたいで
飽き足らない
電話のメモリ数字の羅列をボタン一つで全消去
飽き足らない
いつか深夜TVで見たタイのゲイのキックボクサーみたいに
首から原色の花輪下げて
しっぽの長い猫みたいに軽やかに舞って
ミニスカートの中に黒のボクサーパンツ履いて
出来れば この赤外線センサーの自動扉が開く前に
ニ三発 ハイキック お見舞いしてやりたい