七色遠景 -18ページ目

すべての日曜日


閉ざされたままの世界が


秋を迎える


明るい夕陽みたいに

ビルの斜面を照らす 正午の日差し


血の通わない日々は

青い空をきれいにするから


省みない日々は

日差しの色を明るくするから


空気は澄んでいて

街の輪郭ははっきりしていて


欠落した部分以外は

すべて明瞭で研ぎ澄まされていて

耳はよく聴こえる


視界は広がる

だけど


欠落した部分に


ようやく気づきはじめたときに

すべては濁りすべては煙る


それでも気づきたいのなら

閉ざされた


すべての日曜日に愛を込めて

今日限り


この手から

手放そう


金魚


もし 金魚を飼ったなら

あなたの名前を付けましょう

毎日 餌をあげましょう

ゆらゆらと

藻のガーゼの中から 滲み出る血のように

赤い金魚が ゆらゆらと

毎晩 ただいまを言いましょう

ビール片手に泣き言を言いましょう

色とりどりのビー玉や龍宮城を置きましょう

時々ガラスを叩いて

慌てて旋回するところを見ましょう

もし 金魚が死んだなら

あなたの名前を書きましょう

アイスキャンディーの棒に

そして 庭に小さな塚を立てましょう



あなたが帰って来るまでの

そのあいだ


笑顔

誰かを信じてるふりをした

信じるふりをして

ほんとうに信じてしまったりしながら

信じるふりを続けていた

そのうちに


大嫌いだった

不対称なわたしの口角が

いつの間にか

鏡に向かって微笑むように

唇の均衡がとれて

笑顔が作れるようになった


ま新しい二人の写真は

わたしのピンクのリップの口元が

シンメトリーに微笑んでいる

わたしは信じないから

もう悲しむこともない


昔の誰かとの二人の写真みたいに


もう


悲しむことはない



女優の笑顔が美しいのは
女優が美しいからということと
誰かに心を開いたからではなく
心を開かせるための

華やかな企みだから

失恋焼き鳥屋


今年は酉年なので、鳥のお話。でも焼き鳥。

昔、部屋探しをしている時に、不動産屋で貰った地図を見ながら、
やや寂れたマンションの外観を見に行った時のこと。
そこの一階の焼き鳥屋は閉店していてガラス扉の中は真っ暗で
閉めきった扉に貼り紙がしてあって

「娘が失恋したので臨時休業します」

と手書きで書いてあった。
一緒に当時見に行った母と、どうしてこんな突拍子もない、
そして店主の方も娘さんも恥ずかしいであろう、
公衆の面前で告白するような貼り紙をするのだろうと話してたのだけど、
わたしの推理は、
その娘さんは、そのお父さんの焼き鳥屋を手伝っていて、
常連さんの一人といい仲になったけど、その人に娘さんが振られたから
娘がどれだけ傷心か伝えたいという父親心で、
わざとその店の前を帰り道に通る時にメッセージになるように
貼り紙をしたのではないか、
というものだった。
その様子も再現VTRみたいに思い浮かべられた。

母はそれを聞くと
「ただ貼り紙の通りの意味じゃないの」
と言った。

今なら分かる。あれは貼り紙の通りの意味だ。
失恋して、わたしもそれが分かるようになった。
失恋ってそういうものなのだ。
公衆の面前であろうと、そんなものはその時は関係ない。
好奇の視線なんか、遥かに上回る悲しい思いを、
胸の奥に閉まっておくには余りにも辛すぎて、堪らなくなるのだ。
叫びたくなるのだ。
そして自分を変わらず愛してくれる周囲の人に慰められたい。
自分は価値がない訳じゃないんだ、
こんなに自分のことを愛してくれる人もいるんだ、
と思いたい。
そのためには、大なり小なり、周囲のことなんて見えなくなるのだ。
憐憫も好奇もすべて受け流せるほどの悲しみに目の前は覆われてしまっているから。

それにしても焼き鳥屋さんのお父さんは優しい。
わたしも父親に
「娘が失恋したから、会社休みますね」
と一度くらい代わりに電話で言って欲しい。
いや、あんまり言って欲しくない。

結局その部屋には越さなかったけれど、
焼き鳥屋の娘さん、もう元気になったかな。

夏のしるし



小指に巻きついてた 銀のドルフィンリング

夏の終わりのしるし

ボーダーの半袖セーター

夏の終わりのしるし

窓辺の手足が垂れた ピノキオみたいな熊の人形

夏の終わりのしるし

すべてまとめて

奥のほうに投げたのに


去年 飲み込んだものたちを

すべて吐き出すのは

熱帯夜

投げても投げても

潮に打ち返されてくる

去年の夏

涙も出ないほど白が眩し過ぎて

乾いた匂いがした

炎天下

ショーウインドウでおんなじ熊の人形が

昨日ひとりきりの街で

こっちを見ていた

終わらせようとしても

終わらない

去年の夏のしるし

どこまでも

新しい時までに刻まれる

夏の終わりのしるし