前回の記事の続きです。いよいよ城郭の中に入ってきました。

南虎口。虎口の両側が土塁になっています。
兵が集まれるほどの広さがあります。




虎口郭。出撃拠点と書いてあります。

本丸南側の虎口。両側が深い空堀になっていて、中央が土橋になっています。攻め入ろうとすれば、左右の土塁上から一斉に攻撃されそうです。
土橋の上からみた空堀です。奥の方に見える平地部が腰郭。
写真は櫓台から見た本丸。周囲が土塁になっていることが分かります。余談ですが、Googleマップを見る限り、写真の左半分が滋賀県、右半分が福井県に入るみたい。
櫓台には、実際に天守に相当する櫓などの建物が建っていたと思われます。これは建物の礎石?
本丸北側の馬出。写真に収め損ねたのですが、ここで野生の鹿に会いました。(熊じゃなくて良かった…)
馬出の先には搦手廓があります。本丸と同等の広さがある大きな廓で、兵站基地とされています。
張出廓。本丸の東側の防御と物見の役割を担っていました。
本丸と張出廓の南側にある腰廓。本丸南東の防御と、各郭を連結する廓です。
玄蕃尾城そのものは戦場となることなく放棄されたため、遺構が良好に残されています。昨年訪れた古宮城の複雑怪奇な縄張りと比べると、シンプルかつ機能的な縄張りでした。
ただ、写真を撮るのが上手くないため、後で見返した際にこれは何だったっけとなりがち。これからは山城の遺構を上手に撮る研究もしていきたいです。
さて、誰ともすれ違うことなく林道を降りてきたところで、まだ午前6時。自宅の新潟市からはどんどん遠ざかっていきますが、近江浅井氏の本拠地である小谷城までは車で約30分。これはもう行くしかない、ということで次は小谷城へまいります。
日本100名城 13/100
続日本100名城 17/100
























































































































