逃げ場を作っている間は、やりたいことのクォリティは上がってこない | 魂職支援の自然美容専門家|神智美和

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森@belovingearth
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小室哲哉氏のコラム引用です。

 

何も考えずファンでいますが、ビジネスの先輩としても

実はとても参考になる方だと最近気づきました😉


ここで、響いたことが

 

「一つの事ではなくいくつものことをする」というのは、

 

本当に自分の生命を使ってやっていることを、2つ以上

という意味であり、

 

本当に欲しいものを求めることが怖いから

 

「副業」などにして

逃げ場を作っている間は

「やりたいことのクォリティは上がってこない」

 

というのが、しっくりきます。

 

やっぱり

 

覚悟を決めるから

現実が動く!

 

んですよね〜✌︎('ω'✌︎ )

 


ということで、

↓全文は下記サイトよりご覧くださいませ

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TK流目標達成術
~ひとつのことに集中していたら、
きっと僕はダメになっていた~

制作 :東洋経済企画広告制作チーム

音楽業界で長くヒットメーカーとして活躍している小室哲哉氏だが、デビュー当初はなかなか芽が出ず、悩んだ時期もあったという。そうした中で、小室氏は目標を実現するための方法論に出会う。それは「職種を二つ持つ」ということ。これは、新しい一歩を踏み出したいビジネスパーソンへの助言でもある。

これから新しいものが始まるという兆しがあった

――2月に「目標一筋のためには、二つの戦略」というタイトルで講演されます。小室さんも音楽業界で二つの戦略を立てていたのでしょうか。

小室 音楽活動を始めた頃は必死でそんなことは考えていませんでした。結果的に、二つの戦略、あるいは二つの職種がないとダメだと思うようになったということです。


小室哲哉
音楽家。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、キーボーディスト、シンセサイザープログラマー、ミキシングエンジニア、DJ

アーティストは一度成功すると、ファンはずっと変わりません。なぜかといえば、ファンはそのスタイル、その世界観が好きだからです。しかし、アーティストはつねに新しいファンを開拓しなければなりません。違う曲、新しいスタイルでやりたい。しかし、そうすれば既存のファン、既存のマーケットを逃すというリスクも出てくる。結果として、一つのことをやり続けなければならなくなるんです。つまり、一つのことをやりたいのではなく、一つのことしかできなくなってしまう。

だからこそ、職種を二つ以上持つことが重要になってきます。たとえば、アーティストと俳優ならば、それぞれついてくるファンは異なってきます。むろんファンはまったく違うというわけではありませんが、違う層のファンを獲得できる。違う職種を持つことで、マーケットは拡がります。つまり職業欄に、職業を二つ以上書くことができると、結果として自分のビジネスも拡がっていくわけです。

 

――では目標はいかがでしょう。小室さんは音楽業界に飛び込む時に、どのような目標を立てていましたか。

小室 僕の時代は目標が立てやすかったですね。「あんな人になりたい」という明確な目標となるアーティストがたくさんいました。僕がデビューした1984年は、ちょうどJ-POPがこれから伸びるという時期。歌謡曲からポップスへ。自分で曲をつくって、自分で演奏する。いわば、自分で考えたものすべてを皆さんに提示して、それが仕事になるという時代が始まったときでした。

夢はすごくありました。新しいものがこれから始まるという兆しが見えていた。音楽業界においては、今より非常に夢を持ちやすい時代だったことは間違いありません。レコード会社の存在も今より大きく、第一目標はレコード会社に認められることでした。そこをクリアすれば、成功する道が開ける。わかりやすい成功へのステップがあったんです。

 

――目標を実現するまでに、どんな苦労がありましたか。

小室 実はデビュー後の一年は、なかなかうまくいきませんでした。当時のレコード会社にはシングルを三枚出して売れなかったら契約延長はないという暗黙のルールがありました。そのため、TM NETWORKも危機意識は高まっていました。

そうした悩みの中で思い至ったのが、自分は作曲が評価されてデビューしたということです。デビューのきっかけは、レコード会社に送った曲だけのデモテープでしたから。そこでレコード会社に「歌謡曲でもいいので何か書かせてください」と曲のプレゼンを始めました。自分のバンドをやりながら、曲も書き始めたんです。


最初の成功体験はMy Revolution

 

少しずつアルバムの中の曲として採用され始めた時に、TVドラマの主題歌用のコンペがありました。それが、渡辺美里さんの「My Revolution」(マイ・レヴォリューション)になりました。採用が決まったときは、本当にうれしかった。特にコンペという場で競った中で選ばれたということは格別でした。しかも結果は大ヒット。業界の論評も「すごい作曲家が出てきた」というものでした。僕としても初めて作曲家としてヒット曲ができたという実感を持つことができましたし、そこから各レコード会社からのオファーが増えていったんです。

 

――まず、小室さんの知名度が上がっていったわけですね。

小室 はい。すると今度は、「あの曲を書いた作曲家がやっているバンドがあるらしい」という噂が拡がっていきます。そこから急激にTM NETWORKが業界で認知されるようになったんです。その中で、初めてヒットした曲が「Get Wild」でした。

そのころから、作曲家とバンドの両方をやっていると、どちらも相乗効果があると考えるようになりました。たとえば、アイドルの曲をTM NETWORKが書いているとなれば、歌謡曲ではなくニューミュージック系だとわかるという効果がある。反対にこのアイドルの曲は小室という人が書いているとなれば、今度はTM NETWORKに興味を持ってもらえる。そこから肌で感じるように、作曲家とバンドの相乗効果を実感できるようになったんです。つまり、二つの職業を持つことで、目標が実現していったんです。


1983年にTM NETWORKを結成し、84年デビュー。アーティスト活動をしながら、作詞・作曲もこなし、数多くの名曲を世に送り出す。93年にはtrfを手がけ、プロデューサーとしてもブレイク。以後、プロデュースした篠原涼子、安室奈美恵、globeらが次々にミリオンヒットを飛ばし、「小室ファミリー」なる言葉も生まれた。その後も幅広く楽曲を提供している。1958年11月27日東京都生まれ

 

――もしバンドだけの活動をしていたら、成功していなかったということですか。

小室 その可能性は高いですね。僕がTM NETWORKだけしかやっていなかったら、ダメになっていたかもしれません。

バンドだけうまくいっていると自分たちだけの世界をつくり続けなければいけません。しかし、職業作曲家、職業作詞家という裏方の仕事を平行して持っていると、自分のバンドと違う音楽の世界をつくることもできるし、それがやれるということをアピールできる。小室はTM NETWORKのようなバンドだけでなく、フォークやダンスミュージックも書ける。つまり、いろんなことができる人間だと評価されるようになったんです。

そこから、世界が拡がりました。単に「音楽プロデュース」ではなく、ジャケット・デザインからミュージック・ビデオまで全体の「プロデュース」ができるようになったんです。すると今度は、歌手自体の活かし方がわかるようになる。手掛けた歌手がヒットしていくと、さらに全体のプロデュースを任せられるようになっていったんです。


マーケティングをする理由は怖がりだから

 

――小室さんが新しい仕事をする際に、大事にしていることは何ですか。

小室 自分は思い切りのいい人間ではないし、怖がりなんです(笑)。だからこそ、新しい仕事に挑戦する前は、必ず“小さなマーケティング”をするようにしています。たとえば、新しいスタイルの音楽をやるときは、100人くらいのファンを集めて、アンケートをとって、いいかどうか評価を見ながら試みていました。また、47都道府県の1県だけに集中的にプロモーションをかけて、リサーチをしてみたりもしました。

僕はもともと学生時代から心理学や統計学に興味がありました。何万人という人にリサーチをかけなくても、一カ所で集中的にマーケティングする方法は、学生のころの勉強が役立っています。そうやって、必ずマーケティングをしてみるんです。


3月1日には、約3年ぶりの小室哲哉ソロアルバムの新シリーズ第1弾を発売する。近年のソロワークを中心に、神田沙也加(TRUSTRICK)やtofubeats、May J.、つんく♂、ヒャダイン、大森靖子など多岐にわたるジャンルやアーティストとのコラボ楽曲やフィーチャリング曲やライブ音源を収録している

一つの成功だけで生きていけない時代は
うまくいきそうなことをまず試す

――小室さんのように、二つの職種を持って目標を実現するために、今の若いビジネスパーソンはどうすればいいのですか。

小室 皆さんはすでに仕事以外に、趣味や社会活動などいろんなことをしているはずです。しかも今は、自分の本職以外のもので、あわよくば、ご飯を食べていけたらと考えている若者は多いんじゃないでしょうか。今はネットやSNSなど使える武器はたくさんあるし、知らない人同士が仲間として簡単につながることができます。さっきもユーチューバーの人たちと仕事をしてたんですよ。

そういう本職以外のことでもしうまくいっていることがあれば、新しいビジネスにつながるかもしれない。思い切りのいい人はイケると思えば、そちらにシフトしたほうがいい。そんな時代だと思います。もし今の会社を退職して別の会社に移るときも、一方をゼロにしてから移るという時代ではないかもしれません。リスクを減らすという意味もありますが、今は昔と違って、二つ以上のことをやっているほうが、周りも面白がってくれる時代になっています。

 

――新しい一歩を踏み出したい人にメッセージをお願いします。

小室 とにかくうまくいきそうなことがあれば、まず試してみることです。目標を実現するために二股、三股でもいいんです。さらに言えば、目標だって一方向でなければならないということはないはずです。二択でも三択でもいい。そこから、自分が本当にやりたいことは何だったのかを改めて“感じればいい”んです。そのとき初めて自分にとっての本当のゴールが見つかるのではないでしょうか。

僕も人生でピンチに陥ったときに、救ってくれたのは作曲家としての自分でした。もしバンドだけならばダメになっていたかもしれません。職種を二つ、三つ持っていたからこそ、生き残ることができた。人生には必ず波があります。浮き沈みもある。頼っていた一本が折れちゃったらどうするのってことなんです。

 

誰もが自分の中にあるタレントを見出すべきで、そして、それは一つなわけがない。一つ見つけたらもう一つ見つける、そして形にしていく。そうすることで、自分の目標、ゴールに近づいていくと思います。