風疹と予防接種
8日に小松会隊長の送別会をしました!その時にスペイン料理屋さんでお食事したのですがデザートプレートもお願いしました。とっても素敵でしたよ🎵さて本題です。異例の風疹感染率がテレビで取り上げられています。5倍の罹患率だとかこれね、本当に大変なことなんです。風疹の予防接種がもっと広がってほしい。わたしは26年前に、第一子を妊娠しました。結婚してまもなく自然に授かり、本当に嬉しかった生理不順で、長いこと通っていた大学病院にそのまま検診、出産でお世話になることにして二週間後血液検査の結果を聞きに病院にいきました。その時にある妊婦さんか上の子が風疹かもしれないと受付で話しているのを聞きましたまだ小さい男の子置いて来るわけにはいかなかったのかもしれません。今なら考えられない事ですよね。風疹かもしれない子を連れてくるなんて。でもあの頃は意識が低かったのだと思います。私たち世代はみんな自然に、流行り病としてはしか、水疱瘡、ムンプク、風疹懸かっていた世代ですだから、その人もきっと危機感が薄かったのかもしれない。でもその時の検査結果でわたし、風疹の抗体が4倍未満と言われましたそう抗体がなかったんです。仕事もしていたし、出歩いていたし病院でもらったとは思っていませんがわたしは、その後風疹に懸かりました。あの時の絶望感は忘れたことがありません。母はわたしか風疹に懸かったとずっと思っていたのです。でもかかってなかったなんとかお腹の子が、風疹に感染してないか調べようとしましたがかかった、週数があまりに悪かった30%の高確率で風疹症候群の可能性があると言われでも70%は元気かもしれない。でも30%の確率だったら生きていくのも大変な赤ちゃんかもしれない耳が不自由、目が不自由だけでなく産まれてきても、辛い思いだけの赤ちゃんかもしれない諦めなくてはいけないと決断するまでとお別れする日まで正気でいられない日々でした。身体も高熱が続き、衰弱がはげしかったので、そのまま個室に隔離され入院。一週間後の再判定結果は陽性どうしても、70%に期待してしまう自分とその子の障害を背負っていく勇気のない自分と処置の苦しみより一つの命を自分で消してしまう決断に、気が狂ってしまいそうでした赤ちゃんは生きているのにわたしは人殺しだその三年後やっと授かったちーさん当時苦しい思いをした後の大変な出産で、生まれてきたちーさんに産んであげられなかった子の分も長生きしてほしいと命を尊ぶ名前を名付けたのですちーさんが産まれた時に彼女がしなくてもよい苦しみや悲しみを避けるためにわたしは迷わずその時期が来たら予防接種に連れていきました母子手帳に全ての予防接種が済んだと記録を残しました流行り病は自然にかかるのが一番と予防接種をしないお母さんが回りにたくさんいました。でも、それは親のエゴです。そのために、しなくてよい辛い思いを大事な子供がするかもしれないのです。大事なパートナーや、家族がするかもしれないのです。当事者になるであろう子供の苦しみは予防接種をさせないと決めた親は変わることはできないのです記憶は曖昧です懸かったつもりがかかってなかった違う流行り病だったということもあるのです。わたしが苦しんだ時、風疹をやったとずっと思っていた母の苦しみも相当だったと思います。半狂乱で泣き叫ぶ娘に、かける言葉がないのですから…たからもし、この記事を目にする人がいたらもう一度予防接種の大切さをこころに止めてほしいと思います。大人になった本人が考えればいいではなく子供の広い未来を守るために必要な事だと考えていただけたらと思ってやみません。