長崎市長殺害事件に思う
(昨日、新しく新市長が選ばれたので、正確には前長崎市長である…。)
志半ばにして、前長崎市長、伊藤一長氏が凶弾に倒れた。
伊藤氏といえば、国連安全保障理事会で、広島市の秋葉忠利市長とともに核廃絶の願いと必要性を世界に向けて堂々と述べた人物である。
その際、核保有国の担当者たちは休憩を理由に演説前に退席し、むしろこのことが「大国に物言える首長」として世界中のメディアに取り上げられることとなった。
非礼な大国に対して、怒るのではなく、また批判するのでもなく、朗々とアピールする姿は、まさに被爆都市の首長として、見事な振舞いであったからだ。
大国の顔色ばかり気にしている国の代表者たちとは異なり、威風堂々と前を見据え、黒焦げになった被爆少年の写真を提示しながら、核兵器根絶と世界平和を訴えるこの姿は、我々宇宙人から見ても見事であったと評価せざるを得ない。
さて、今この地球上で、核を保有する大国に「核廃絶」を堂々と主張できる立場の人間というと、日本国の首相と広島・長崎の市長しかいない。うわべでは、他の国の人間も何とでも言えるであろうが、実際に、血族や同じ民族の尊い生命を「一瞬の情け容赦なき核の光」で奪われた国と都市の代表者は、現実にこの地球上に3人しかいないからだ。
そういったことから言えば、広島・長崎市長という立場は、一都市の市長を越えた職責を担っているのであって、世界的にももっと注目を浴びるべきである。
そして、何よりも同胞たる日本人は、伊藤前市長の死を「己の身体の一部をもがれた」感覚でとらえるべきである。
そこで、我々宇宙人から、日本人諸君に問いたいことがある…。
現憲法の前文にあるように、日本国民が真に「恒久の平和を念願」し、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」のではあれば、伊藤氏の死をなんと思っているのか!?
もっと怒るべきではないのか!?
もっと哀しむべきではないのか!?
己の理想を伝えるべき声の一部を奪われたという苦しみなないのか!?…。
核を保有することで、国家としての地位が向上する不条理な図式ができてしまった今の地球…。
この不条理を何とかせずしてよいのか!?
地球上唯一の被爆国民として「スポークスマン」を失ってしまったのだよ…。
まさに「地球上から核兵器を廃絶」する究極の理想を訴えていく機会を君たちは奪われたのだよ…。
―閑話休題―
新長崎市長、田上富久氏…。
造船業、重工業のイメージが強かった長崎を「観光都市」として見事に内側から変えてきた人物である…。
今回の市長選は、結果的に故伊藤氏の娘婿との「弔い戦」になってしまって、戦前の予想では不利と思われたが、接戦ながら見事に当選を果たした現市役所観光課長からの叩き上げである。実務力はいわずもがな、十分に身に付けている人物である。
「名より実」を選んだ長崎市民の選択には敬意を表したい…。
ただ、願わくば、彼がこれから担う職責には、一首長にとどまらず、常に世界に発信すべきことがあるという責務を自覚してほしいものだ。
宇宙の果てからエールを送ります…。
最後に、昨年、長崎市から世界に発した「長崎平和宣言」を掲載いたします。
故 伊藤一長前市長の冥福を祈りつつ…。
(長崎平和宣言)
「人間は、いったい何をしているのか」
被爆から61年目を迎えた今、ここ長崎では怒りといらだちの声が渦巻いています。
1945年8月9日11時2分、長崎は一発の原子爆弾で壊滅し、一瞬にして、7万4千人の人々が亡くなり、7万5千人が傷つきました。人々は、強烈な熱線に焼かれ、凄まじい爆風で吹き飛ばされ、恐るべき放射線を身体に浴び、現在も多くの被爆者が後障害に苦しんでいます。生活や夢を奪われた方々の無念の叫びを、忘れることはできません。
しかし、未だに世界には、人類を滅亡させる約3万発もの核兵器が存在しています。
10年前、国際司法裁判所は、核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反するとして、国際社会に核廃絶の努力を強く促しました。
6年前、国連において、核保有国は核の拡散を防ぐだけではなく、核兵器そのものの廃絶を明確に約束しました。
核兵器は、無差別に多数の人間を殺りくする兵器であり、その廃絶は人間が絶対に実現すべき課題です。
昨年、189か国が加盟する核不拡散条約の再検討会議が、成果もなく閉幕し、その後も進展はありません。
核保有国は、核軍縮に真摯に取り組もうとせず、中でも米国は、インドの核兵器開発を黙認して、原子力技術の協力体制を築きつつあります。一方で、核兵器保有を宣言した北朝鮮は、我が国をはじめ世界の平和と安全を脅かしています。また、すでに保有しているパキスタンや、事実上の保有国と言われているイスラエルや、イランの核開発疑惑など、世界の核不拡散体制は崩壊の危機に直面しています。
核兵器の威力に頼ろうとする国々は、今こそ、被爆者をはじめ、平和を願う人々の声に謙虚に耳を傾け、核兵器の全廃に向けて、核軍縮と核不拡散に誠実に取り組むべきです。
また、核兵器は科学者の協力なしには開発できません。科学者は、自分の国のためだけではなく、人類全体の運命と自らの責任を自覚して、核兵器の開発を拒むべきです。
繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます。
61年もの間、被爆者は自らの悲惨な体験を語り伝えてきました。ケロイドが残る皮膚をあえて隠すことなく、思い出したくない悲惨な体験を語り続ける被爆者の姿は、平和を求める取り組みの原点です。その声は世界に広がり、長崎を最後の被爆地にしようとする活動は、人々の深い共感を呼んでいます。
本年10月、第3回「核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」が開催されます。過去と未来をつなぐ平和の担い手として、世代と国境を超えて、共に語り合おうではありませんか。しっかりと手を結び、さらに力強い核兵器廃絶と平和のネットワークを、ここ長崎から世界に広げていきましょう。
被爆者の願いを受け継ぐ人々の共感と連帯が、より大きな力となり、必ずや核兵器のない平和な世界を実現させるものと確信しています。
最後に、無念の思いを抱いて亡くなられた方々の御霊の平安を祈り、この2006年を再出発の年とすることを決意し、恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。
2006年(平成18年)8月9日
長崎市長 伊 藤 一 長
志半ばにして、前長崎市長、伊藤一長氏が凶弾に倒れた。
伊藤氏といえば、国連安全保障理事会で、広島市の秋葉忠利市長とともに核廃絶の願いと必要性を世界に向けて堂々と述べた人物である。
その際、核保有国の担当者たちは休憩を理由に演説前に退席し、むしろこのことが「大国に物言える首長」として世界中のメディアに取り上げられることとなった。
非礼な大国に対して、怒るのではなく、また批判するのでもなく、朗々とアピールする姿は、まさに被爆都市の首長として、見事な振舞いであったからだ。
大国の顔色ばかり気にしている国の代表者たちとは異なり、威風堂々と前を見据え、黒焦げになった被爆少年の写真を提示しながら、核兵器根絶と世界平和を訴えるこの姿は、我々宇宙人から見ても見事であったと評価せざるを得ない。
さて、今この地球上で、核を保有する大国に「核廃絶」を堂々と主張できる立場の人間というと、日本国の首相と広島・長崎の市長しかいない。うわべでは、他の国の人間も何とでも言えるであろうが、実際に、血族や同じ民族の尊い生命を「一瞬の情け容赦なき核の光」で奪われた国と都市の代表者は、現実にこの地球上に3人しかいないからだ。
そういったことから言えば、広島・長崎市長という立場は、一都市の市長を越えた職責を担っているのであって、世界的にももっと注目を浴びるべきである。
そして、何よりも同胞たる日本人は、伊藤前市長の死を「己の身体の一部をもがれた」感覚でとらえるべきである。
そこで、我々宇宙人から、日本人諸君に問いたいことがある…。
現憲法の前文にあるように、日本国民が真に「恒久の平和を念願」し、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」のではあれば、伊藤氏の死をなんと思っているのか!?
もっと怒るべきではないのか!?
もっと哀しむべきではないのか!?
己の理想を伝えるべき声の一部を奪われたという苦しみなないのか!?…。
核を保有することで、国家としての地位が向上する不条理な図式ができてしまった今の地球…。
この不条理を何とかせずしてよいのか!?
地球上唯一の被爆国民として「スポークスマン」を失ってしまったのだよ…。
まさに「地球上から核兵器を廃絶」する究極の理想を訴えていく機会を君たちは奪われたのだよ…。
―閑話休題―
新長崎市長、田上富久氏…。
造船業、重工業のイメージが強かった長崎を「観光都市」として見事に内側から変えてきた人物である…。
今回の市長選は、結果的に故伊藤氏の娘婿との「弔い戦」になってしまって、戦前の予想では不利と思われたが、接戦ながら見事に当選を果たした現市役所観光課長からの叩き上げである。実務力はいわずもがな、十分に身に付けている人物である。
「名より実」を選んだ長崎市民の選択には敬意を表したい…。
ただ、願わくば、彼がこれから担う職責には、一首長にとどまらず、常に世界に発信すべきことがあるという責務を自覚してほしいものだ。
宇宙の果てからエールを送ります…。
最後に、昨年、長崎市から世界に発した「長崎平和宣言」を掲載いたします。
故 伊藤一長前市長の冥福を祈りつつ…。
(長崎平和宣言)
「人間は、いったい何をしているのか」
被爆から61年目を迎えた今、ここ長崎では怒りといらだちの声が渦巻いています。
1945年8月9日11時2分、長崎は一発の原子爆弾で壊滅し、一瞬にして、7万4千人の人々が亡くなり、7万5千人が傷つきました。人々は、強烈な熱線に焼かれ、凄まじい爆風で吹き飛ばされ、恐るべき放射線を身体に浴び、現在も多くの被爆者が後障害に苦しんでいます。生活や夢を奪われた方々の無念の叫びを、忘れることはできません。
しかし、未だに世界には、人類を滅亡させる約3万発もの核兵器が存在しています。
10年前、国際司法裁判所は、核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反するとして、国際社会に核廃絶の努力を強く促しました。
6年前、国連において、核保有国は核の拡散を防ぐだけではなく、核兵器そのものの廃絶を明確に約束しました。
核兵器は、無差別に多数の人間を殺りくする兵器であり、その廃絶は人間が絶対に実現すべき課題です。
昨年、189か国が加盟する核不拡散条約の再検討会議が、成果もなく閉幕し、その後も進展はありません。
核保有国は、核軍縮に真摯に取り組もうとせず、中でも米国は、インドの核兵器開発を黙認して、原子力技術の協力体制を築きつつあります。一方で、核兵器保有を宣言した北朝鮮は、我が国をはじめ世界の平和と安全を脅かしています。また、すでに保有しているパキスタンや、事実上の保有国と言われているイスラエルや、イランの核開発疑惑など、世界の核不拡散体制は崩壊の危機に直面しています。
核兵器の威力に頼ろうとする国々は、今こそ、被爆者をはじめ、平和を願う人々の声に謙虚に耳を傾け、核兵器の全廃に向けて、核軍縮と核不拡散に誠実に取り組むべきです。
また、核兵器は科学者の協力なしには開発できません。科学者は、自分の国のためだけではなく、人類全体の運命と自らの責任を自覚して、核兵器の開発を拒むべきです。
繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます。
61年もの間、被爆者は自らの悲惨な体験を語り伝えてきました。ケロイドが残る皮膚をあえて隠すことなく、思い出したくない悲惨な体験を語り続ける被爆者の姿は、平和を求める取り組みの原点です。その声は世界に広がり、長崎を最後の被爆地にしようとする活動は、人々の深い共感を呼んでいます。
本年10月、第3回「核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」が開催されます。過去と未来をつなぐ平和の担い手として、世代と国境を超えて、共に語り合おうではありませんか。しっかりと手を結び、さらに力強い核兵器廃絶と平和のネットワークを、ここ長崎から世界に広げていきましょう。
被爆者の願いを受け継ぐ人々の共感と連帯が、より大きな力となり、必ずや核兵器のない平和な世界を実現させるものと確信しています。
最後に、無念の思いを抱いて亡くなられた方々の御霊の平安を祈り、この2006年を再出発の年とすることを決意し、恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。
2006年(平成18年)8月9日
長崎市長 伊 藤 一 長