宇宙人セグのオフィシャルブログ -23ページ目

資本主義の本質

「格差社会」なる言葉が巷(ちまた)にあふれている。
ちょっと前まで、既婚女性と未婚女性を形容していた「勝ち組・負け組」という言葉さえ、今では高所得者層と低所得者層を例える言葉に置き換えられてしまっている。

実際、事は深刻で、高校・大学を卒業しても定職に就いていない(就けない?)若者が、2003年には2桁、つまり10%を超えた。ただ、この数字にはウラがあって、あくまで、失業保険の手続きを申請した若者の数であって、学校を卒業して、そのまま就業しない若者や、失業手続きをしていない若者の数を加味すると、実際はその3倍~4倍になるという。

なぜこういったことになるのか?答えは簡単、ずばり親の援助があるからである。親が「稼がずとも食えるメシの種」である以上、働くことの意味や労働の価値を十分に学んでいない若者が「楽な方」を選ぶのは至極当然な話である。

さてさて、日本国民全体に目を向けると、頭でっかちの高齢化に拍車がかかっている。こういうことなることは、昔からわかっていたはずだが、政治家お得意の「困ったことは先送り」精神で今日を迎え、国の膨大に膨れ上がった借金に困ったお偉方は、お母さんがせめて家計の足しにとしてきた「扶養控除」の制度を改定し、この国の発展を支えてきた老人たちにも「医療費の高額負担」を求めて、大火に小便の如く、赤字の解消に努めているお粗末さである(笑)。
普通の世帯、高齢者世帯は、本当に貯蓄しにくい方向に流されている(っていうか、国が流している)。

そういったことから(それだけではないが、)、格差が生まれ、日本独特の「ねたみや嫉妬」根性もあいまって、「格差社会」への是非が叫ばれているわけだ。
さてその「富める者へのねたみ」だが、我々宇宙人から見ると、日本国民は他国に比べてかなり強いみたいだ。
敗戦後、0(ゼロ)から経済大国に発展する過程で、「国民総中産階級」意識を刷り込まれた影響からか、日本人がもっている「資本主義」は真の「資本主義」ではないと言える。

「資本主義」の原則から言うと、世に良いモノを提供した企業、良い仕事をした個人に、それ相応の報いを授けるのは当然で、優れた人、頑張った人が儲けるのは、評価されさえすれど、妬みの対象になるのはお門違いも甚だしい。
「金儲け」は悪いことみたいな価値感が間違いなく日本国民の潜在的意識に内包している。
(時代劇なんかでは、100%金持ちは「悪いヤツ」として描かれているもんね…(笑)。)

で、「そんなお金があるんやったら、ちょっと回したり~なぁ・・・。」みたいな発想になる…(笑)。
それはそれで気持はわかる。だが気持はわかるのだけれども、これはものすご~く恐ろしい考えであったりする…。
なぜかというと、そんな発想こそが、ずばり、社会主義や共産主義の思想の源だからである。
日本人が思う「資本主義」は真の資本主義ではない!と言った理由がこれでわかってもらえたと思う。

では、低所得者層は「そのまま放っておいてよいのか?」、「飢えさせるのか?」ていう反論が来そうだが、決してそうではない。

冒頭で述べたように、本当に「働きたくても働けない」人と、「働けるのに働かない」輩(敢えてこの言葉を使う)は確かにいて、人括りに「低所得者」の範疇でとらえるべきではない。
本当に働きたくとも働けない人や、国の発展に寄与した人々には愛の手を…。

が、しかし、そうでない人々には・・・、

「働かざる者、食うべからず」である。



PS:本日の画像のお題

「ニート諸君、こんな店の門をたたけ!」



yoimise