昨日のブログにちょっと通ずる部分のあることですが。
ここ数日の出来事で、「時間・空間を一緒に過ごす人」の影響、
というものを、また意識するようになりました。
人は生きる上で、生活をする上で、とても多くの人と関わります。
その中には好きな人、嫌いな人、苦手な人、などが混在していますが、
他人に対する自分の感情がどうであれ、
そういう人間関係の中で生活するのがあたりまえ、
それらの人間関係は変えることができないもの、という認識の中で、
多くの人は生きていると思います。
一時期、周りの環境や人間関係が思った以上に自分に影響することを体感し、
自分にプラスになるような環境や人間関係というものを意識していたのですが、
忙しかったり、変えるのが難しいことに対して抗うのに疲れてしまったりで、
気づけば、そういうものに対して、自分がどんな影響を受けていて、
どんなことを感じているかということをすっかり意識しなくなっていました。
だから、自分が不快なことに対してきちんと気づくことができず、
よくわからないストレスだけが募っていたような気がします。
けれどここ数日、プライベートで、
どうしても自分が心地よくいられない方と過ごす時間が続き、
「早く終わらないかな」「もう帰りたいな」と思う自分がいることに気づきました。
ありがたいことに、相手の方は、私との時間を楽しく思ってくれているようですが、
どうしても私はその方々との時間を有意義には思えないのです。
もちろん、中には学ぶこともあります。無駄なことではないのかもしれません。
でも、感覚的にはもうその空間にいることさえ拒否してしまっているんですよね。
ネガティブな話題や考え方の話が多いとか、
あまりにも違う価値観や感覚を強要されるとか、
私が不快になる要素が多すぎるとか、
人として1ミリも好意を抱けないとか(失礼)、
生理的に受け付けないとか(失礼)、
理由は色々とあるのですが、
エネルギーの種類が違うとでもいうのでしょうか、
短時間でも、時間・空間を共にすることが、とにかくとても苦痛なのです。
最近、気持ちが何かに対してここまで拒否反応を示すことはなかったので、
改めて、同じ時間・空間を過ごす人の影響力、というものを痛感しています。
そして、ここまで嫌な気持ちになってしまう人とは、申し訳ないけれど、
ある程度、距離を置かなければ自分が参ってしまうと思いました。
反対に、一緒にいて学びが多い人、良い影響を受ける人、
単純に会えて嬉しい人、楽しい時間を過ごせる人・・・
そういう人ともっと一緒に過ごす時間をつくったら、
そういう人が多い環境に身を置いたら、
きっと今以上のモチベーションや元気や幸せ感度が得られるはず。
心地よい人間関係だけを築く努力というのは、
幸せな感覚を感じ続けるためにも必要なことであると思うのです。
昨日のブログではないけれど、「必要なものと不要なもの」。
私のことを良く思ってくれる方はどんな人であろうと大切にするべきだと
思っていましたが、
そして、そういう方々を大切にできない自分は
非道なのだと罪悪感がありましたが、
その方々を大切にすることと、自分が嫌な気持ちになることは別物だし、
正直、自分が不快になることは私には必要なことではありません。
自分の心地よさを追求することは、自分を甘やかすことではなく、当然の義務。
他人のために自分が犠牲になるような時間の使い方はもうしたくないし、
これからはもっと感情に忠実になって、
同じ時間・空間を過ごす人を選ぼうと思います。