私は伏見稲荷に年数回、参詣しています。

特別な事情が無い限り、稲荷山での「お山」と呼ばれる登拝も行います。

 
 
明治の初めに起こった神仏分離の蛮行により、神社として仏を廃す事になったのは、ここ伏見稲荷も例外ではありませんでした。
かつて本殿の右側に弁財天、左側に大黒天の御堂があったのですが、今は跡形もありません。
伏見稲荷は稲荷神社の総本宮と知られていますが、その信仰は神仏習合です。
そのあたりの話は大変ややこしいので割愛しますが、私は伏見稲荷で、稲荷祝詞も般若心経も唱えます。
稲荷大明神を荼枳尼天とし、大黒天、弁財天の三天を併せて信仰していたなんて、知る人ぞ知る史実です。
愛染寺というお寺が伏見稲荷境内にあったのですが、神仏分離で廃寺となり、
愛染寺の荼枳尼天さまは琵琶湖の東側まで追いやられてしまったのです。
 
話を戻します。
この三天信仰が絶たれて150年ぐらいなんですが、愛染寺のお坊様にお示しがあり、法要が行われる運びとなりました。

 

 

 

 

この法要は伏見稲荷大社の行事でも無く、現地で行うものでもありません。
参加者自身が好きな所で修するネット上の法要ですから、みんなで集まって行うものでもありません。
お坊さんや他の参加者に会うこともありません。
個人的に伏見稲荷大社にて勤行するも良し、自宅でも良しです。
 
これをどう捉えるかは、個人の考えに依ります。
少なくとも、私はこういう仏縁に巡り合わせた事に感謝しています。
伏見稲荷さんが好きな方は、たくさんいます。
是非参加したいと思う人もいるでしょう。
そういう方のお役に立てたらという思いで、お知らせしました。
 
 
 
 
 
 

 

と言っても、今年の1月の話です。

当初の目的を逸脱し、あらぬ方向へ迷走してしまったお話です。

 

昨年から、お寺での月参りを始めまして、勤行の際、

錫杖を使いたいと思うようになりました。

 

で、在家が勝手に法具を使うのはマズイだろうと考えていた時、

素晴らしい制度を見つけました。

 

それは大峯山護持院で戴ける、法具の所持許可状です。

大峯山へ一定期間登拝し、行を修めた者に戴ける有り難い免状です。

 

どこの講にも属さない一人行者であっても、ちゃんと認めてもらったら、

先達も夢じゃないそうです。

 

私は先達を拝命するような、できた人間じゃないので、

法具だけでも使えたら満足です。

 

で、その所持許可状を読むと、法螺の所持も書いてあります。

「なるほど、法螺貝か・・・。」

 

法螺貝を吹いてみたいな~という願望は、以前からありました。

大峯山の奥駈けの話を知人の行者さんから聞かされたり、

母親から御嶽山の行の話も聞かされていましたから、

修験道に憧れはありました。

 

ただ、過酷な行に耐えられるような芯の強い人間ではないので、

避けてきたのが本音です。

 

しかしながら、自分の年齢から考えると、山行を始めるなら、

今だと思いました。

 

既に錫杖の話が脱線事故です。

修験道と法螺貝に気持ちが移っています。

 

小学生になった息子たちと、ハイキング程度に京都の鞍馬寺奥の院や伏見稲荷のお山を繰り返していましたが、いよいよ大峯山!という気持ちが強くなりました。

 

で、大峯山に行くことから始めようと思ったのですが、

次男は小学2年生。

連れて行けるような山では無いと、いろいろな講社の方に聞かされました。

 

焦る必要はないかと思い、

「法螺貝の習得から始めよう!」という結論に・・・。

 

実際のところ、山伏全員が法螺貝を吹く訳ではないのですが、

息子たちが楽しめる事を考えると法螺貝かな?と思った次第です。

 

法螺貝の講習会がないかと、ネットで探してみました。

 

車で1時間半ぐらいの場所で見つかりました。

早速、申し込んで講習会に参加しました。

 

初めての法螺貝体験で、ワクワクが止まりません!!

 

講習会に参加してビックリしたのは、

本物の行者さんが全国各地から集まっていることです。

それでいて、厳しい指導も無く、和やかな雰囲気です。

 

行者さんや行者になりたい方ばかりではなく、

普通に法螺貝やってみたい人もたくさん見えて、

とても和気あいあいなグループです。

 

ここで得られたものは法螺貝の吹き方だけでなく、

多くの方と繋がったことです。

 

これが一番の成果でした。

 

神仏のお導きとしか思えないくらい、

人生の大きな節目となりました。

 

 

 

 

 

 

 

昨日、息子たちと聖天さんに参拝しました。

 

短いスパンでお参りするのは珍しいのですが、気になる事がありまして、相談に行きました。

 

息子たちは楽しそうにお参りして、また「おみくじ」です。

子供たちは難しい言葉で書かれたおみくじが読めないので、代わりに読みます。

次男は神様と話せないので、おみくじは楽しそうです。

長男は神様と話せるクセにおみくじをやりたがり、意味不明です。

 

で、また今回も厳しい指摘の入ったおみくじが出まして、御守りとか御札を戴いて帰ろうかと思ったのですが、何となく違和感が・・・。

 

長男に頼んで聖天さんに伺ったところ、

「自分の好きにしたら良いが、おまえには、ついている神がおる。」との事。

ん?

どこの神様だろう?

長男に聞くと

「龍さんだよ。ウチにやって来てから、パパを護るためにずーっといるよ。」

「へ?そうなんだ・・・。じゃあ、御札はまたの機会にするわ。」

 

いやああああ~知らなかったあああ‼️

Σ(゚Д゚ υ)

てか、今までめちゃくちゃ失礼しているじゃん!

あちこち参って、自分の傍らの神様に気付かないなんて!

 

「神仏を信ぜよ」これだったのか!!!

スッキリしたわ。モヤモヤ消えたし。