
僕たちの時間 (原題:THE HOURS AND TIMES) (1991 / アメリカ)
● 監督 ・脚本・撮影: クリストファー・ミュンチ
○ 出演: デイヴィッド・アンガス / イアン・ハンター / ステファニー・バック 他
ストーリー

1963年4月、ビートルズのメンバー、ジョン・レノン (イアン・ハンター) と、グループのマネジャーであるブライアン・エプスタイン (デイヴィッド・アンガス) の2人の姿は、スペイン・バルセロナへの小旅行へと向かう飛行機の中にあった。
ガウディの美しい建造物が立ち並ぶバルセロナ。 ホテルの部屋で食事をしながら会話をし、ナイトクラブで酒を飲み、映画を鑑賞し、ゆったりと街を散策するふたり。互いへの好意を持つふたりであったが、ブライアンはホモセクシャルであり、ジョンはヘテロセクシャル。 ブライアンに対して同性による性行為を揶揄するジョンと、ジョンへの思いにもどかしさを感じるブライアン。 ビートルズの人気が、イギリスで "現象" へとなりつつある中、喧騒から逃れた美しい街で、ふたりは静かに時を重ねる。

20年以上前に観た映画です。 60分の小品ながらビートルズの成功物語の影に隠れた小さな物語として、興味を持って観ることの出来る秀作であると思います。
1962年にデビューしたビートルズは、63年になるとセカンド・シングルの 「Please Please Me」 が大ヒット。いよいよイギリスでビートルズの人気が爆発し始めた頃の4月、ビートルズの4人は次へのステップに進むための鋭気を養うため、10日ほどの休暇をとります。
ジョン・レノンはブライアン・エプスタインと共にスペイン旅行に出かけたんですね。 ふたりの旅行というのは当時からよく知られた事実であり、リバプールでも噂として広まったそうです。 この映画はその旅行中の2人の行動を事実を織りまぜながらも、あくまでも想像の産物として描いたフィクションです。
フィクションとはいえ、ジョン・レノンを演じたイアン・ハートの顔立ちや喋り方、仕草がジョンによく似ていて、こういった映画では大切な、感情移入のしやすい作品になっていると思います。 因みにイアン・ハートは、94年の映画 『バック・ビート』 で再びジョン・レノンを演じることとなりますが、これは納得です。 『バック・ビート』 は、日本でも話題になりヒットした映画なので、「あぁ あの俳優さんか」 と、思い出す人も多いのでは。
リバプールのレコード店のオーナーであったブライアン・エプスタインは、キャバーン・クラブで4人の演奏を聴き、その荒々しい魅力の虜となり、マネージャーを申し出たのが1961年のこと。 とりわけジョン・レノンに対し、特別な感情を持っていたといわれています。 ジョン・レノンは後に、この旅でのブライアンとの関わりを問われて、「きわどかったけれど、最後まではいかなかった」 と答えています。映画の中でもそのきわどい場面が描かれています。
映画の中でホテルのジョンに、妻であるシンシアから 「さびしい。会いたい」 と言って電話がかかってくる場面があります。子供が生まれたばかりでもあったのに、なぜ貴重な休暇にジョンはエプスタインと旅行に出かけたのか。 これはポール・マッカートニーの話ですが、「ジョンは馬鹿じゃないから、エプスタインに誰がグループのボスなのかを印象づけるチャンスだと思ったんだよ。 誰の意見に耳を傾けるべきかを教えようとしたのさ」 と言っています。 これはポールらしい見方と言えるのかも。
昨年大ヒットした映画 『ボヘミアン・ラプソディ』では、ゲイとして生きるフレディ・マーキュリーの孤独が、強烈な形で描かれています。 この『THE HOURS AND TIMES』では、バッハの曲やピアノ・ソロ曲を背景にして、静かに淡々と流れていく場面によって、エプスタインのゲイとして生きる深い孤独と悲しさを浮き彫りにしています。 そのあたりがこの映画のすぐれているところだと思うのですが。
ビートルズを成功に導き、華やかな世界で活躍していたとはいえ、ブライアン・エプスタインは常に孤独であったそうです。60年代のイギリスでは、ホモセクシャルは社会的にも法律的にも容認されていない時代でしたからね。現在よりもはるかに辛い時代であったでしょう。
ビートルズの全米ツアーに同行した記者・ラリー・ケインの著書 『ビートルズ 1964-1965』には、ツアー中エプスタインに "親密な関係" を求められたことが記されています。ビートルズが66年にコンサート・ツアーを終えたとき、ブライアンはビートルズの中に居場所を失い、その孤独を紛らすため薬物に依存するようになっていきます。
ビートルズのすべてのレコーディングを記録した書籍 『ビートルズ / レコーディング・セッション』 には、スタジオの後ろに立ったまま何も言わず、「Your Mother Should Know」 のプレイバックを聴き入っていた姿が記録されています。1967年8月23日、ブライアン・エプスタインが生前関わった最後のビートルズ・ソングとなりました。
THE BEATLES / Your Mother Should Know (1967)