
ブルーに生まれついて(原題: BORN TO BE BLUE ) (2015 / アメリカ・カナダ・イギリス)
● 監督・脚本・制作 ロバート・バドロー
○ 出演 イーサン・ホーク / カルメン・イジョゴ / カラム・キース・レニー 他
映画 『ブルーに生まれついて (原題:BORN TO BE BLUE)』 を、角川シネマ新宿にて観てきました。 1950年代のジャズ界で活躍したトランペット奏者で、シンガーでもあるチェット・ベイカーの半生を描いた伝記映画です。
ストーリー

物語は50年代のシーンから始まる。 甘いマスクと中性的な柔かい歌声で女性を魅了し、人気が頂点にあったチェットは、西海岸を飛び出しニューヨークの名門クラブ 「バードランド」へ。 そこには本場ニューヨークのシーンが誇るマイルス・デイヴィスもいた。 しかしジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアを重ねる中で、やがては麻薬に溺れていってしまう。 そして売人とのトラブルによって顎を割られ、前歯すべてを失い病院送りとなり絶望の淵に。
「トランペッターが歯を失うことは、ピアニストが指を失うのと同じこと」。 キャリア終焉の危機のなかで、恋人・ジェーンの愛に支えられたチェットはドラッグを断ち、義歯を使って練習を重ね、客もまばらなピザ屋でのライヴから再スタートを切る。
徐々にかつての輝きを取り戻していったチッェットは、再びマイルス・デイヴィスのいるあの 「バードランド」 へと乗り込むことに。

この映画は、チェット・ベイカーを描いた伝記映画となっていて、マイルス・デイヴィスやディジー・ガレスピーらも実名で登場します。 僕はチェット・ベイカーの音楽は好きですが、チェットという人物そのものについては詳しくないので、予備知識が少ない分、映画としては純粋に楽しめました。
言いたいのは、実在したアーチストの伝記は、映画としては評価がとても難しいということです。 映画は娯楽であり興行であるので、伝記であっても描かれる世界は単純化されデフォルメされて作られます。 映画会社は製作費を回収しさらに利益も、というのが必須なので、そのための最短距離としては、美しく感動的に描く必要が出てくるわけですね。 比較的資料性の高い、書籍による伝記とは当然違ってきてしまうのです。
だから、伝記映画は必ず多くの批判が出てきてしまいます。 「史実と違う、容姿が似ていない」 などなど。 今回も例に漏れずです。 日本でも多くのファンを持つチェット・ベイカーの "伝記映画" と謳えば、多くの客を集められるのは理解できますが、本来は 「誰々の実話をもとにして作られた」 ぐらいの匂わせた程度が良いのでは・・・とこれは僕の個人的な見解です。
実際のチェット・ベイカーはもっと女にだらしなく、もっとメチャクチャなジャンキーで、平気で金を踏み倒す不誠実な輩・・・。問題の多かった人物としていろいろ出てくるでしょう。 でも映画という作品としてはとても良かったんですね。 題材がたまたま音楽家ではありますが、何かによって挫折した男が、恋人の愛に支えられて再び立ち上がる、という王道パターンの映画がとても好きなのです。 そして 「ブルーに生まれついて」 は音楽が素材としてあるだけに、とてもロマンチックでムードのある映画となっています。
好きな場面いくつもあります。 チェットが復活したさい、"バードランド" にコネを持つデジィー・ガレスピーに出演を頼む場面があるのですが、ここでガレスピーは 「君の心が心配だ」 と告げるのです。 表舞台に再び立てば、またドラッグの誘惑が待っているぞ、というわけですね。音楽を愛する人間の言葉としてはありそうで、グッときました。
かつてのようにトランペットを吹けなくなってしまったチェットの演奏を聴いて、プロデューサーが 「技術の衰えが味になっている」 と感動する場面があるのですが、これなどは音楽の本質を捉えているなぁと思いました。 昔エリック・クラプトンが、指が動かなくなるのを承知で、練習を意図的に減らしたことなんかも思い出してしまいました。
マイルス・デイヴィスがチェット・ベイカーにむき出しで 「俺は金と女のためには音楽をやらない」 なんてことを言う場面は、当時のマイルスの白人批判が見えてくるようで興味深かったし 「ビーチ(西海岸)に帰れ」 なんてことを言う場面も、口の悪いマイルスなら言いそうで楽しい場面です。
チェット・ベイカーを演じたイーサン・ホーク、良かったと思います。 実際のチェット・ベイカーも、ジャズ界のジェームス・ディーンなんて言われるほどの2枚目であったわけですが、イーサン・ホークの屈折した愁いある表情も魅力的です。 トランペットを吹く姿も、画として美しくサマになっています。 イーサン・ホークの劇中で披露した歌については、なかなかに味のある歌だと思います。 ですが実際のチェット・ベイカーの歌が唯一無二の歌声なので、比較してしまっては酷ですね。 と言うか誰とも比較の出来ない歌なので。
そしてこの映画には、アーチストと薬物という、これまで何度も映画で語られてきた問題も描かれています。このあたりは、やはり深く考えさせられるものがありましたね。
チェット・ベイカー について
実際のチェット・ベイカーの音楽は、歌 トランペット演奏、ともに、クールでスウィートです。それはチェットが白人であることと、西海岸という土地柄も影響しているのかもしれません。 ただ、チェットの歌声そのものの美しさは、誰とも比較できない魅力があります。
たとえ糞尿を含んだドブ川であっても、咲いた花の美しさに変わりはない、いやそこには特別な美しさがあるはずだ、というのが僕の持論です。 あくまでも芸術論としてですが。
僕がジャズ売り場で働いて頃(90年代中頃)、モダン・ジャズではマイルス・デイヴィスの 『KIND OF BLUE』、ビル・エバンスの 『WALTS FOR DEBBY』、ジョン・コルトレーンの 『BALLAD』等と並んで、チェット・ベイカーの 『CHET BAKER SINGS』 は、定番アイテムとして、常に売れていました。
最初に聴くアルバムとしては 『CHET BAKER SINGS』 を薦めたいところです。
CHET BAKER / But Not For Me (1954)
チェット・ベイカー・シングス/EMIミュージック・ジャパン

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ボーン・トゥ・ビー・ブルー

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