ドント・ウォーリー・ベイビー | Get Up And Go !

Get Up And Go !

音楽を中心に、映画、文芸、スポーツ など・・・。

より高く! より深く! けれど優雅に・・・ 冗談も好きなんですけどね (*゚.゚)ゞ






$Get Up And Go !-The_Beach_Boys-Dont_Worry_Baby.jpg



ビーチ・ボーイズ
BEACH BOYS
『ドント・ウォーリー・ベイビー / Don't Worry Baby』



そう それは僕の中で大きくなりつつある
どれくらい前からなのか
なぜだか考えてしまう
何か間違った方向へ行ってしまわないかと
彼女が僕の瞳を覗き込むとき
はっきりと気づいた
彼女がこう言うときに
心配しないで
すべてはうまくいくから 心配しないで

Well it's been building up inside of me
For oh I don't know how long
I don't know why but I keep thinking
Somethings bound to go wrong
But she looks in my eyes
And makes me realize

When she says "Don't worry baby"
Don't worry baby (Don' Worry baby)
Everything will turn out alright (Don' Worry baby)
Don't worry baby (Don' Worry baby)




1964年5月、ビーチ・ボーイズ7枚目のシングル 「アイ・ゲット・アラウンド」 のB面としてアメリカ・リリース。「アイ・ゲット・アラウンド」 は全米1位のヒットとなり、「ドント・ウォーリー・ベイビー」 も最高位24位を記録しています。作詞はロジャー・クリスチャン、作曲はメンバーであるブライアン・ウィルソンによるものです。

歌詞の内容は、アメリカの青春映画で観られるドラッグ・レースというカー・レースに挑む10代の男の子の不安を描いた曲です。傍らの女の子がその不安に対し 「大丈夫だから、心配しないで」 とささやく他愛ない曲ともいえますが、ブライアン・ウィルソンの美しいファルセット・ヴォイスと切ないメロディが、そんな小さなテーマとも思えない至高のラヴ・ソングのように仕上げています。


$Get Up And Go !-スペクター・ウィルソン.jpg
BRIAN WILSON and PHIL SPECTOR



ブライアン・ウィルソンと言えば、フィル・スペクターを尊敬し大きな影響を受けてアーチストとして成長した人、として知られています。「ドント・ウォーリー・ベイビー」 は、スペクター・プロデュースによる誰もが知っている永遠の名曲、ロネッツの 「ビー・マイ・ベイビー」 へのオマージュとして作られた曲です。

63年のある日の午後、ブライアンは恋人のマリリンとドライヴをしていると、リリースされたばかりのロネッツの新曲 「ビー・マイ・ベイビー」 がカーラジオから流れてきたそうです。聴いた瞬間に 「これは凄い!」 と驚嘆し、車を路肩に停め曲に聴き入り、と同時にビーチ・ボーイズとしてすでにヒットを出していたブライアンは 「僕にはあんな凄い曲はできない」 と不安も覚えたといいます。そのとき傍らにいたマリリンがいつものようにブライアンにささやいた言葉 「心配しないで あなたにだってできるから」が、そのままタイトルになったとのこと。


$Get Up And Go !-be-my-baby-ronnetes-phil-spector.jpg
PHIL SPECTOR and RONETTES



2曲ともにヒットとなったこのシングル・レコードは、ビーチ・ボーイズにとって重要な意味を持つものです。「アイ・ゲット・アラウンド」 の録音が64年の4月。まさにビートルズが全米チャートを席巻していたそのときです。ブライアン・ウィルソンはビートルズ出演の 「エド・サリヴァン・ショー」 をテレビで観て驚愕し、驚異にも感じたそうです。同時期に発売された 「ファン・ファン・ファン」 は最高位5位。上位4曲をビートルズが占めていました。

「アイ・ゲット・アラウンド」 がそれまでのビーチ・ボーイズの曲より、斬新さとエネルギーに溢れているのはわかる気がします。以後もずっと続いていく、ビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソン)とビートルズの創造的な戦いは、この 「アイ・ゲット・アラウンド」 から始まったとも言えます。
「アイ・ゲット・アラウンド は7月にビーチ・ボーイズ初の全米1位を記録。ビートルズに征服されていたチャートにおいて、アメリカの男性グループとして何とか一矢を報いたわけです。

そしてカップリングされた 「ドント・ウォーリー・ベイビー」 はビートルズ以前の大きな壁、フィル・スペクターの驚異と脅威が生み出したもの。60年代のブライアン・ウィルソンの創造のエネルギーは不安と脅威が源になっているようです。それが精神の破綻へとつながる一因にもなっているのですが・・・。そのあたりの話を始めると長くなるので、次の機会に。






「ドント・ウォーリー・ベイビー」 は曲調だけでなく、サウンド面でもフィル・スペクターへの傾倒が見られる曲です。ロネッツのリード・シンガーで60年代を代表するポップ・アイコンのひとりロニー・スペクターは、1999年のインタビューで、ブライアン・ウィルソンがロネッツのために書いた曲だとはっきり言っています。フィルが気に入らなかったから実現しなかったのだとさらにロニーは言っていますが、スペクター・プロデュースによるロネッツの 「ドノト・ウォーリー・ベイビー」。これは聴いてみたかったなぁ と思います。

1999年(98年録音)、ロニー・スペクターによる 「ドント・ウォーリー・ベイビー」 がイギリスのクリエーション・レーベルからリリースされました。ロニー自身、昔からこの曲が好きで 「マイ・ソング」 だと思っているのだそうです。











$Get Up And Go !-timthumb.jpg

BEACH BOYS 2012