駅伝は究極の団体競技 | 千葉市ではたらく社長のブログ
学生時代に部活動をしていた方もいると思うけど、

自分は中学、高校の6年間、陸上の長距離をやっていた。

この長距離種目の範囲は800m~10,000m位までと冬には各地で色んな駅伝が行われて出場していた。

陸上は個人競技だけど、駅伝は究極の団体競技だと思う。

走る時はたった一人きりだし、各中継点にもチームメイト数名いればいい方。


でもそれが何故、究極の団体競技なのか。

簡単にいうと、1人1人の責任がチーム全体の結果になるからだ。

サッカーや野球と違い、競技を行う時は1人でも結果は「○○高校 △位」と出てしまう。

1人だと途中で心が折れたり、体調が良くなく実力を発揮できずに一瞬でも手を抜くと、

何十㌔も走ってタスキを繋いできたのに、1秒差や胸の差で天国と地獄に分かれる。

自分が手を抜いたり、誰かが何とかしてくれるといった甘えがこのたった、「1秒」に表れ、

ひどい時には、連覇の記録が途絶えたり、箱根駅伝であればシード権を失う。


よく中継のアナウンサーが「最終区!○人の想いのせたタスキを胸にゴールを目指します。」

なんていうセリフを耳にするけど、アンカーからしてみれば、

前の走者が手を抜いて順位が下がれば、取り戻すのに必死だし、

快走が続き一番で渡されれば、命に変えても順位を落とさずにゴールしなくてはいけない。


他の競技と違って、自分が苦しい時仲間の顔は見えない。

今まで一緒に苦労してきた仲間からの声援も無い。

でも仲間と自分とチームの為に、個人個人がそれぞれの責任を果たし、

タスキを持って帰って来なくてはならない。

1瞬でも手を抜かないで、どんなにリードがあって、余裕で1位でも後の事を考え、

限界まで自分を追い込んで次の区間にタスキを繋ぐ。

なので、長距離選手はあらゆる種目の中で駅伝が一番きついという選手も多い。

そして駅伝では、強い選手、弱い選手が結構はっきり出る。


そんな自分もいくつもの駅伝レースを経験し、自分1人のブレーキで優勝を逃した事もあったし、

仲間のブレーキ(持っている力を発揮しない事)で涙を飲んだ事もあった。

箱根駅伝を見れば、この1瞬の差が命取りになるのが分かる。

何時間もかけて10人がタスキを繋いでも、最終区のゴール手前で大接戦になり1位と2位が決まる。


この時、負けたチームの選手が誰もがこう思う。

「俺があと1秒早く、タスキを繋いでいれば・・・」

何時間も走ってきたのに、この1秒で人生が変わる選手だっている。

それだけ、1人1人の責任が重い種目も珍しいと思う。


ビジネスの世界でも、役割分担があり各ポジションで責任を果たすことで成りたつ事が多々ある。

そのうち1人が手を抜いたばっかりに、大きなビジネスチャンスを逃す事もある。

今自分自身がやっている小さな、何でもないような仕事でも、巡り巡って誰かの笑顔を作るのだ。

そう思うとどんな仕事も手を抜けない。