やす地蔵のブログ -4ページ目

やす地蔵のブログ

2025.9.20更新
還暦はとうの昔。もう数年で古希。この人生、よきことも悪きことも、旅行、食べ歩き、趣味、阪神タイガース、愛猫、全部まとめて振り返るブログ。たまに気が向けば短歌、俳句、詩なども詠みます。
批評など受け付けます。よろしくお願いいたします

昨日 車の12ヶ月点検でディーラーへ
一日預けることにして
ちなみに走行距離は一年で1,400km

その後、転出に伴う手続きのため区役所へ

マイナポータルで転出届の処置が
出来るとのことで 何回も試すも
氏名などが呼び込めず 断念
区役所に出かけて行って
手続きをすることに

受付で係の女性に説明を聞いて 書類に記入
整理券の番号票をもらい
窓口の前のイスに腰掛けていた

僕が腰掛ける前にいた
順番待ちしてる人は五人

次に呼ばれるなぁって思っても
中々呼ばれないのです
僕よりも後に来た人が次から次に呼ばれるのです
整理券番号も僕の方が若い番号


それでも我慢強く待つことにしたけど

何かおかしいと思い

受付の女性に

「中々呼ばれないんだけど整理券番号おかしくない?」


女性は慌てて窓口に行き 飛ばされていることを説明


窓口の中年女性は謝りもせず やす地蔵憤慨

それでも

窓口の若い女性対応がよかったから

何とか 心を治めました


転出届の手続き無事終了


マイナポータルの問題は

専門の窓口でも解決出来ず

腑に落ちないのです


そんな昨日の出来事


ちょっと愚痴っぽくなっちゃいました

申し訳ない


それでは、また。感謝。



名作の書き出しを読む の2回目


さいつころ雲林院(うりんゐん)の菩提講(ぼだいかう)に詣でて侍りしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁二人、媼(おうな)といき合いて、同じ所に居ぬめり。


大鏡 作者不詳(歴史物語 平安時代)


意味

先日、雲林院の菩提講に参詣したところ、いつも見かける語り手の老人よりも、ずっと年老いて、何とも見苦しい感じの翁が二人、老女(媼)と口論しながら、同じ場所に座っているようであった。



この場面のエピソードと役割

①枠物語の導入部

『大鏡』は、

・作者は聞き手

・雲林院で出会った非常に年老いた翁たち

・その翁たちが語る藤原氏の栄華

という枠物語の設定


(枠物語とは、導入部の物語を外枠として、その内側に複数の短い物語を埋め込んでいく入れ子構造の物語形式。この形式は、物語の登場人物が別の物語の語り手となることで、物語の中に物語が展開されるのが特徴)


②翁二人と媼とは誰か

・翁二人

  →大鏡の語り手となる超高齢の老人

(190歳、180歳とも言われる。誇張された存在。)

・媼

  →彼らと行動


最初は、

・口論していて

・みすぼらしく

・近寄りがたい存在

として描かれているが、やがて彼らが驚異的な記憶力を持つ「歴史の生き証人」であることが明らかになる。


③なぜ「うたてげなる(見苦しい)と描くのか

ここが「大鏡」の重要なポイント

・見た目は

 →みすぼらしい、怪しげな、取るに足らない老人

 →しかし中身は

 →平安王朝の栄華と政治の裏側を語れる存在


つまり作者は

外見や第一印象では、人の価値は分からない

という逆転を、物語の冒頭で示した。


④雲林院菩薩講という場の意味

 ・菩薩講=先祖供養の仏事

 ・過去を偲ぶ場で、過去を語る老人に出会う

 ・歴史を語る物語としての『大鏡』

 ・無常観を背景にした

を象徴する舞台設定となっている。


まとめ

 ・『大鏡』の冒頭の枠物語

 ・語り手となる翁たちの登場場面

 ・見かけは卑しくとも、歴史を語る資格を持つ存在 


 という、非常に重要なエピソード。


「枠物語」「老人の語り」「歴史の正統性の演出」が大事なキーワード(試験に出ますよ😅)




ちなみに「大鏡」は「四鏡」のひとつ。

「四鏡」とは平安時代後期から室町時代前期にかけて成立した「鏡物」と呼ばれる4つの歴史物語、『大鏡』『今鏡』『水鏡』『増鏡』の総称。これらの作品は、高齢の語り手が昔の出来事を話す形式をとっている。



やす地蔵には難しすぎた😅


それでは、また。感謝。


新年明けて12日
今日は成人の日
成人になられた方 おめでとうございます


成人の日の思い出は少しだけあるけれど
今日は国語の勉強

名作の書き出しを読む の1回目


男もすなる日記といふものを、
女もしてみむとてするなり。

土佐日記 紀貫之(日記 平安時代)


意味
男もすると聞いている日記というものを、

女も書いてみようと思って書くのである。


しかけとエピソード

① 実は「女」ではない

ここで語り手は「女」と名乗っているが

実際の作者は男性(紀貫之)。

当時は

・男性の公的な文章→漢文

・女性の日常的な文章→仮名(ひらがな)

という使い分けがあった。

紀貫之は

「漢文で書かれる男の日記」ではなく、

仮名で、感情や生活を綴る”女性の視点”の日記と

いう形式をあえて選択。


②仮名日記という革新

『土佐日記』は

・全文が仮名文

・感情、私生活、旅の寂しさを率直に描写

という点で、当時としては画期的。

冒頭文は

これは公式記録ではなく、

心の動きを書く日記である

という宣言文でもある。


③背景にある実体験

内容は、紀貫之が

・土佐守(地方官)としての任期を終え

・土佐(高知)から京へ帰る55日間の船旅

を描いたもの。

途中で、

・任地では亡くした幼い娘への哀惜

・旅の不安

・京へ戻る期待と寂しさ

などを、女性の語り手を通して繊細に表現。

特に娘を失った悲しみは、

「男としては書きにくい感情」を

女性の仮名文だからこそ書けたとも。


国語的ポイント(便覧的まとめ)

・作者:紀貫之(男性)

・語り手:女性という設定

・形式:仮名日記

・意義:仮名文学の確立

    後の『蜻蛉日記』『更科日記』など

    女性日記文学の先駆


まとめていくと

高校時代の古文の授業を思い出す

稲吉先生 好きだったなぁ




そうそう

明けて12日間 飲酒は1日2日と8日の3日だけ

週4日以上の休肝日 守れています

ウォーキング(10,000歩以上)も

ランニング、インターバル交えて出来ている


今年はのんびり スローライフ目指します


それでは、また。感謝。