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 日本はまだまだ大丈夫!

今日は、通勤ルートにある中央区・銀座中学校の入学式の様子。正門の両脇にでっかい日の丸が掲げてあった。立派な校長に違いない、と決めつけて気分の良い朝であった。ヘ(゚◇、゚)ノ

写真を撮ろうと、ケータイを探すが、ない!
どうやら忘れてきたらしい。(>_<)

しかし、中学校を関係ないオヤジが写真取ってたら捕まってたかも。。。(^-^;)
サザン通りオールスターズ(このバンド名、なんとかならんもんか・・・)の「ムリヤリライブ@茅ヶ崎MARRY」本番である。
お店のほぼ3分の1を演奏者が占めるという、まさに「ムリヤリ」なのである。(^◇^;)

例によってヤン高野(p)さんの奇妙もとい奇抜なアレンジで、J-POP(歌謡曲ね)の名曲の数々を料理するというバンド。
アレンジも複雑な上に、オイラの技量を超えた演奏を要求され、しどろもどろなるもなんとか盛り上がったのであった。

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ライブ終了後、花見をしながら目指す先は134号沿いの「瀧」。
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新鮮な刺身に、トドメは「キンメの煮付」!絶品である。(;´Д⊂)イキテテヨカッタ

【今日の演奏曲】
(1st stage)
 卒業写真
 思ひ出の渚
 海岸通り
 砂山
 かもめが飛んだ日

(2nd stage)
 加山雄三メドレエ
  君といつまでも
   ~お嫁においで
    ~海 その愛
 夏をあきらめて
 Tsumami
 ホテルパシフィック~波乗りジョニー
 けふの料理

(アンコール)
 真夏の果実
宮崎正弘さんのメルマガの転載です。
ここでも憂国の士が奮闘されています。敬意を表します。('◇')ゞ

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成19年(2007年) 4月6日(金曜日)
通巻第1763号
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 「大虐殺とよべるものはなかった。あれは南京の政治である」
   北村稔教授が外国人特派員協会で客観的な論考を講演
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 日本外国特派員協会で、立命館大学教授の北村稔氏が、新著『The Politics of Nanjing 』(「南京」の政治学)について会見をしました。
会場には50人以上が詰めかけ、その中には藤岡信勝氏・田久保忠衛氏らの顔が見え、”CHINA”とシールの貼られたビデオを回す見慣れないカメラマンが入り込み、北村氏と欧米人記者との間の質疑応答では白熱した議論が展開されました。
北村氏の新著は、5年前に出版された『「南京事件」の探求 - その実像を求めて』の英訳本で、翻訳者ハル・ゴールド氏も隣席していました。

同書の主題は、先の大戦中の1937年末から38年にかけて南京に進駐した日本軍によるマサクル(虐殺)があったどうかの検証です。
同書の結論は、”虐殺と呼べる事実”はなかったというものです。
リベラル派(日本にいる外人記者・ジャーナリストのほとんどは、そう思っていい)の滞日数十年の古株外人記者たちが正面最前席に陣取り、緊張した空気が漂っていました。

北村氏の英語のスピーチは以下のようなものでした。

●1937年~38年にかけての日本軍の南京占領下の状況をマサクル(虐殺)と呼ぶべきか、ディスオーダー(混乱)と云うべきかに焦点を当てて論じたのが、私の英語の新著『The Politics of Nanjing 』である。

●内容は5年前に文芸春秋新書から出した『「南京事件」の探求 - その実像を求めて』と90%は同じである。 この5年の間に見出された事柄や所謂”百人斬り事件”についての新事実は脚注の形で入れ込んだ。

●「南京事件」についての中国側の主張は一致していて、30万人虐殺説である。
日本側はそれを真っ向から否定している。

●新著は”中立者”の立場から歴史を再現し検証したものである。
新著が依拠したのは、南京と東京で戦後行われた戦争犯罪人裁判で下された判決を形成したアメリカ人、中国人、欧州人の証言や彼らが提示した証拠である。

●日本人の証言は採用しなかった。 日本人の調査によってもたらされた証拠も採用しなかった。 もしこれらを採用したなら、日本の立場を擁護する政治的偏向の書であるとの非難を惹起し、 人々は私の調査に関心を寄せないだろうと考えたからである。
それらの証言・証拠を分類し、ひとつひとつが生み出された由来・背景・事情を鑑定し、その信頼度を確認した。 一つ一つの証言が証人によって実際に目撃されたものかを詳細に調べた。

●これらを吟味する作業は、社会的な常識、”コモンセンス”を以ってした。
”コモンセンス”を以って、所与の状況下での人々の行動の質と規模の蓋然性について合理的判断を下した。
こうしてこそ、読者の理解を得ることになるからである。


△論考はコモンセンスをもって

●多様な証拠や証言について、判断力を具えた人々の大多数が、矛盾がない妥当であると思うことを判定の拠りどころとした。採用した審査員団のリーダーにも、私(北村)が学術的な調査・手法を通じて集めた発見物を提示し、”コモンセンス”を以って合理的に判断してもらった。

以上の手法から到達した結論は、混乱(コンフージョン)や無秩序(ディスオーダー)は存在したと云えるが、決して虐殺(マサクル)はなかったというものだ。
戦闘員による計画的な、ナチがユダヤ人にしたような大虐殺は日本軍占領下の南京ではなかった。

●秩序の乱れとは、法的な手続きを経ない戦争犯罪人(P.O.W)の処刑である。これは絶対的な食物不足から大量のP.O.W(後の質疑で1万人と北村氏は記者に応えていた)の処刑が行われた。

●中国人は南京市内でなく、多くはその外で死んだ。 大量の中国人市民が中国人兵隊と混在し、南京から避難しようとした混乱があった。
その避難民を日本海軍の爆撃機は攻撃し、多くの中国人は揚子江のえん堤周辺で命を失った。 この悲劇の一因は、南京を守っていた中国兵が、避難に欠かせない渡河船・艀をすべて焼いて沈めたことにある。

●国民党軍の南京司令官唐生智は最後の一兵まで日本軍と闘うと宣言して、日本軍の降伏勧告を拒絶した。
しかし唐生智は 南京陥落の一日前に自分の逃亡用に確保していた蒸気船に乗って逃げ、1万人近くの兵を置き去りにした。 これは蒋介石の命令によりなされた。 残された中国軍から統率は失われ、指揮命令系統は絶たれ、彼らは絶望的な混乱に陥った。

●ジョン・ラーべは南京の守護者・擁護者として、アイリス・チャン本に登場する有名なドイツ人である。 彼は、ドイツ企業シーメンスの南京代表で、ナチであった。
蒋介石はドイツ・ナチと友好関係を結んでおり、ナチから軍事顧問団を迎え、シーメンスから大量の兵器や戦闘用備品を購入していた。
ラーベやドイツ軍事顧問団は、他の西欧人とともに南京陥落後も市内に留まり、安全区に”国際コミティ”を形成した。 ここに逃げ込んできた避難民に水や食料を供給していた。

●一方、親日中国人層により形成された”安全政府コミティ”もあって、日本軍・日本領事館はこれをサポートした。
日本軍は”安全政府コミティ”に施政権を渡して、占領を解きたかったが、彼らが自立できず叶わなかった。 これは早急にイラク人に施政権を渡して、そこから引き上げたい今のアメリカ軍と同様であった。

●米・露大使館含め現地に留まった西欧人は慈善行為に努めただけでなく、南京市内外で生起していた状況をよくリポートした。これらのリポートは、都度日本領事館にも渡された。 蒋介石の国民党政府はリポートを集成し、内容を確認して、南京陥落から2年後の1939年、上海と香港で南京安全区のドキュメント資料として出版した。 ここにその本を持参したが、その中のエピソードをふたつ紹介する。

ひとつは、1938年1月初め、日本軍が米を安全区外の中国人に配給していること。

もうひとつは、日本軍の援助で行われた米と小麦粉の配給についてで、ラーベから日本領事館の福田参事への手紙がそのことに触れている。

「1938年1月8日、”安全政府コミティ”により1,250袋の米がただで配られ、10,000袋の米が売られることになった。 9日それらの米を運んでくれと頼まれトラック5台を手配して、10日に実施されるとそれらは瞬く間に無くなった。 日本軍が同地区で登録した10歳以下の幼少児を除く16万人の人口から推して、他地区の人口と併せると南京には25から30万人がいると推計される。 そうすると一日に必要な米の量は2千反になる。 アドバイスや援助が必要なら遠慮なく申し出て欲しい」とラーベの手紙は書かれている。

●このことは当時の南京で、西欧人の”国際コミティ”と中国人の”安全政府コミティ”と日本軍・政府が緊密な協力関係を築いていたことを示している。
大虐殺があったという主張と著しく矛盾する第三者である西欧人(ジョン・ラーベ)の残した証拠である。


△戦犯をでっちあげるために


虐殺がなかったにもかかわらず、なぜ戦後戦争犯罪人を裁く法廷で、「南京虐殺」として日本軍は訴追されたのか?
それは次の二つの要因があると考えられる。

ひとつはA級戦犯の基準づくりである。
チェコ人のエチェル博士が主張した文明破壊と看做されるナチの非道なホロコーストと同様の文明破壊を日本軍も冒したことにし、A級戦犯として特徴づける必要が生じたのである。 そのために南京での混乱を虐殺に格上げすることにしたのである。
これはイスラエル人のコチャービが日本軍を直接採り上げていないエチェル説を精緻に分析したものに基づいた、私(北村)の仮説である。

二つ目の要因は中国人の文化的誇張癖である。
中国人は悪名高い、誇張癖を発揮する民族である。時としてウソ(に近いもの)となる。
戦後の法廷で、小さな慈善団体の代表が日本軍の南京占領下、一ト月で10万体以上の死体を埋めたという証言や、市民の間に逃げ隠れた正規の警察官が5千人以上の処刑を目撃した証言などが証拠採用されている。

北村氏のスピーチの大要は以上で、この後、記者たちとの質疑に移りました。
まず、TVによく登場する禿頭鬚面のドイツ人が、虐殺と虐殺でない行為の境界線をどこに引くのかとの質問を北村氏にぶつけてきました。
北村氏は温厚に静かな口調で、「私の主張は虐殺と呼べる行為はなかったというものです」とかわしていました。

続いてこれもTVにも登場する滞日40年以上の米人ジャーナリストが、南京で日本軍は何人殺したかその数字を北村氏に問い質しました。
これに北村氏は、丁寧に「そういう調査はしていないのです」と応えたのですが、数字を挙げろとしつこく食い下がられ辟易気味でした。

藤岡信勝氏が『正論』5月号への寄稿文で次のように述べている件りがあります。(P134)
(引用開始)「 かつてに比べると、中国は柔軟になった、という人もいよう。 しかし、これは大きな罠であると考えなければならない。 今年10本近くつくられる「南京」映画では虐殺が30万人である必要はない。 仮に数万の虐殺を前提にしたとしても、映像化には少しの支障もないからである。 中国は日中歴史共同研究の場で、日本側に規模を縮小しつつも虐殺があったことを確定させたいのである。 この点で注意すべきことは、「大虐殺派」、「中虐殺派」、「まぼろし派」の三分類を未だに反復することは意味がないということである。 もともと、この分類は、「いくら何でも30万は多すぎる、かといって全くゼロというのは極論だ」という形で、中虐殺派の説(1万~4万程度)に人々を誘導するようにつくられた図式なのである。 しかし、本家の中国までが「大虐殺」説を維持できないと見て放棄するようになっている。 今提起されるべき争点は、使い古しの三分法ではなく、虐殺があったか無かったかの二分法である。

第二に、やはり「虐殺」の定義を問題にせざるを得ない。 その場合、重要なポイントを述べよう。 例えば、戦争で多くの人が死ぬ。 その殺し方が残虐なものが残虐だという定義をする人がいる。 何が残虐かは個々人の主観に依存する。
これでは、議論は決め手のない泥沼に入るだけだ。 一人でも虐殺があれば虐殺だという人もいる。こういう基準を第二次世界大戦の全戦線に公平にあてがってみるとよい。
ほとんど無意味な議論になることがわかるだろう。

個々の兵士の中に不心得者がいることは、どこの国の軍隊でも変わりがない。そういう行為を軍が行った作戦行動と同一視することはできない。 国家として責任が問われるのは、軍の正規の手続きで行われた違法行為に限られる。 最後に、戦時国際法上合法的な行為であるところの、不法戦闘員の処刑を虐殺にすり替えることはできない。 以上のことから、歴史的事件としての、軍隊による「虐殺」を語るためには、組織性、違法性、大量性の3つの条件を前提にすべきであろう。 こうした概念上の土俵が正しく設定されないと、議論は混乱するばかりである。(引用止め)」

北村氏の会見内容と藤岡氏の論考を併せて受容すると、ことの理解は得やすいと思います。
ナチがユダヤ人にしたことは、組織性、違法性、大量性を具えた紛うかたなき「大虐殺」であり、「南京」事件は「虐殺」に格上げするべく画策された大いなる絵空事だということが分かります。

映画『南京の真実』は、”敵”の土俵に乗ることなく、日本軍の南京占領下での死者数は等閑視し、「虐殺性」の有無に焦点をあてたコンセプトにして頂きたいものです。
”敵”の狡知・奸智を圧倒する日本映画にして頂きたいと思います。
   (西法太郎 記)
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(読者の声1) 韓国の「活貧団」と名乗る有志団体が、今年の終戦記念日(韓国の光復節)、我が対馬に強行上陸して太極旗を同島に掲げ「対馬は韓国領だ」と、内外に宣言すると発表しました。
対馬・韓国領説は、李承晩元大統領以来、あちらでは時々、聞かれる説ですが、今回は大キュウ市労組、馬山市議会などの同主旨の決議もあります。
「活貧団」は再三、反日デモを繰り返し、ソウルの日本大使館前で日の丸を焼き捨てた団体です。そういう団体にココまで跳梁を許すとは!
放置し放しの我が外務省に対しても筆誅をお願いします。
(名無しの老人)


(宮崎正弘のコメント) かの民に恨はあっても恥はなし。(俳句調で)。



    ♪
(読者の声2) 引き続き、報告させていただきます。
 ユタ州選出の上院議員の講演終了の後、ニューヨークタイムズの科学部記者のDenise Grady記者とRegional education Manager Washington Region のPeter Eliason-Riera という人物が、大学の講演に来ていたので終了後の歓迎会に出席して、東京支局長の大西哲光に対する質問と日本側の意見?を話しました。
 その反応は、
 Denise Grady:
 1:名前は知っているが、個人的には知らない。何か意見が在るならば彼の上司であるブロナー(Bronner@nytimes.com) の方にメールするか、編集の方にメールか電話(212-556-1234)してくれ。
 それに対し「メールは五回送った。自分だけでなく多くの日本人がニューヨークタイムズ宛にメールを送った。しかしそれらは紙面にもホームページにも載ったことは無かった」。
 また「貴社の東京支局に日本人読者だけでなく、幾人かのジャーナリストが抗議をしたが無視されたし、取材を申しこんでも無視され続けた。未だにまともな回答すらない」ということを話したところ、おろおろと、困惑した表情で、
 2:自分に言われても困る。自分はどうにかできる立場には無い。編集に、電話するなり、メールを送るなりしてくれ。そして、結局、困惑した表情で1と2を繰り返すだけでした。
 そして、3:Peterに言ってくれ。
 Peter Eliason-Riera:
 こちらが、大西に対する日本人の感情や相当な不信感を説明した後、
 「貴方の意見は良く分かった、しかし、私達はどうこう出来る部署に居るわけではないし、またそんな権限もないから、どうすることも出来ない。」
 そして、「彼の上司や編集にメールを送るか、電話してくれ。」と言われた。
 結局、編集や上層部に報告してくれる様子はありませんでした。
少なくとも自分達の働いている新聞社が、多くの日本人からどういう風に見られているかは、2人とも身に沁みて感じていた様子でした。
 またDenise Grady記者と話した時に、会話の中で出てきたのですが、もしかしたら大西は正社員ではなく、嘱託、または契約社員なのかもしれません。(そのような類のことを口にしました。)
 とりあえず今度、時間の有る時に大西のボスであるブロナー宛てに、メールを送ろうと考えております。
   (TS生、在米)


(宮崎正弘のコメント) どれほどの効果があるかは、分かりませんが読者の皆さんも抗議先が分かりましたので、抗議文をドンドン送りましょう。
 NYタイムズに意見広告をだして、たぶん断られますが、何回でも断られて、それを証拠としてあげて抗議する運動を考えているグループがあります。
 それから南京問題では温家宝首相来日に抗議の集会やデモもあるようですが、有識者による「公開質問状」の発表が近く行われます(遅くとも十日までに)。
 どうせ新聞は書かないでしょうから、この欄でわかり次第、掲載します。
         ○ ○ ○ ○ ○ 

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<< 宮崎正弘の近刊予告 >>
 『2008年世界大動乱の予兆 (中国発世界大暴落の足音)』 (並木書房、予価1600円 四月下旬刊行予定。近く、特典付き予約販売をネット上で行います)
    
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<< 宮崎正弘の近著 >>
『中国から日本企業は撤退せよ!』(阪急コミュニケーションズ刊)
 『中国人を黙らせる50の方法』(徳間書店刊)
 『出身地でわかる中国人』(PHP新書)
 『中国よ、反日ありがとう』(清流出版)
 『朝鮮半島、台湾海峡のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房)
 『拉致』(徳間文庫)
    
♪ ♪ ♪
<< 宮崎正弘の「三島由紀夫論」三部作 >>
『三島由紀夫“以後”』(並木書房)
『三島由紀夫はなぜ日本回帰したのか』(清流出版)
『三島由紀夫の現場』(並木書房)
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宮崎正弘のホームページ http://www.nippon-nn.net/miyazaki/
◎小誌の購読は下記サイトから。(過去4年分のバックナンバー閲覧も可能)。
http://www.melma.com/backnumber_45206/
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(C)有限会社・宮崎正弘事務所 2007 ◎転送自由。ただし転載は出典明示のこと。
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B alterd7th = C melodic minor = F lydian♭7h = E♭lydian #5 (augument)

思いつきです。意味はありません。ヘ(゚◇、゚)ノ
音楽の教科書に載ることになったサブちゃんですが、オイラは「魂(こころ)」という曲をオススメすます。

作詞:たかたかし
作曲:原譲二

春には花が咲き 夏には鳥が囀く
秋には月冴えて 冬には雪が降る
あーあーあー 美しき国よ
めぐる季節に
人は心をひらき
神々と酒をくむ
忘れていても 深き闇から
熱くよみがえるものがある
それは 日本の魂(こころ)

男は仰ぎ見る 気高き富士の山
女はあこがれる 桜の花の色
あーあーあー すばらしき国よ
おれとおまえを
生みし母なる大地
神々の集う里
流れる川の 深き底には
光り輝くものがある
それは 日本の魂(こころ)

それは 日本の魂(こころ)


これぞ日本人の原体験!という名曲だと思いまする。(・ω・)ノ
ちょっと前にも書きましたが、今週末・4月8日(日)14:00~、茅ヶ崎MARRYで、横浜ジャズ・プロムナードに出演した「サザン通りオールスターズ」で演ります。

当日都合が悪いという方、または興味のある方は、前日・7日(土)15:00からのリハを覗きに来るのもアリですよ。(・ω・)ノ

ちなみに8日・本番は禁煙らしい。。。(ノω・、)
産経記者・阿比留瑠比さんの3月30日付エントリー「ヒゲの殿下と旧宮家子孫の対談に思うこと」 に、「そもそもなぜ皇室が必要なんですか?」という問に対する「ヒゲの殿下」こと寛仁親王殿下の明確な回答が紹介されています。

 まず、一つの国家を形づくるには必ずリーダーが必要です。烏合の衆では部族同士が縄張り争いするだけで、国家にはなりません。かつて日本もさまざまな豪族がいて、北条や織田といった武将が現れ、時代の変遷を経て、江戸時代に徳川家を頂点とする三百諸侯になりました。あるいは家族という単位で例えれば、お父さんがしっかりしていないとその家庭は崩壊してしまう。しかし、もしお父さんが亡くなってもお母さんがしっかりしていれば、その家庭は安泰です。家庭という小さな単位でも、国という大きな単位でも、何らかのリーダーが必要と思います。
 ただし日本の場合は特殊で、世界で唯一、権力をもった人がナンバー2、権威をもった人がナンバー1です。ナンバーワンは天子さま、最高権力者はナンバー2としてきたから、2667年ものあいだ、日本のあり方は微動だにしなかった。かつて、ほとんど二年ごとに総理大臣が代わることを日本人はずいぶん恥じた時期がありました。外国人も不思議に思っていました。しかし、本心では何も気にしてなかったのではないでしょうか。ナンバー2がころころ代わっても、ナンバーワンは不動だったからです。逆にいえば万世一系が崩れ、誰が本当の権威の継承者かわからなくなり、一般国民の家系図と天皇家の家系図があまりにも似たものになれば、おそらく天皇は尊敬の対象でなくなってしまうでしょう。


これ程簡単かつ明瞭な回答はかつて見たことがありません。まさに目から鱗である。ヽ(´ー`)ノ
iZa(2007/04/01 00:32)
「唸声米国/慰安婦問題で加瀬氏寄稿を掲載 米ニューズウィーク」 によると、3月30日のエントリー「マイク・ホンダ議員への公開質問状」でご紹介したホンダ議員に対する加瀬英明氏の反論は『NEWSWEEK』(世界共通版)に掲載されるものだそうです。
中国語版とかハングル語版にも翻訳が載るとすれば、見物ですな。( ̄ー ̄)

【ご参考】加瀬氏が代表する「史実を世界に発信する会」 
ココに、当時韓国の新聞に掲載された「斡旋業者が出した慰安婦募集広告」が紹介されています。

「慰安婦大募集、月収300円以上(前借3000円迄可)」とあります。
当時の大卒初任給が70円、普通の人は10数円だった時代に驚くほどの高収入だったことは間違いありません。しかも家の借金清算のために3000円の前借りまでできるなんて。
「売春しろ!」と明記はされていませんが、この給料でカタギの職業ではないと容易に察しがつきます。

ちなみに大学初任給(当時)70円を(現在)20万円と仮定して現在の給料に換算すると、
月収300円=>857,142円で、年収では1,000万円超です。

なお、この写真が掲載されたサイトは速攻で閉じられてしまったそうです。。。ヾ(^_^;