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 日本はまだまだ大丈夫!

今日の産経新聞・社説【主張】「朝日社説 「言論封じ」こそ控えては 」にて、昨日の朝日新聞・社説 に対する批判が掲載された。

曰く、「寛仁さまの発言を批判することは言論の自由の範囲内であるが、その発言を封じようとする社説は、言論・報道機関として、守るべき一線を越えているように思われる。」


どーせアカ日のことだから、議論せずに無視する方に1000点!


ところで、

今国会での皇室典範改正、自民各派から慎重論
麻生・谷垣氏ら、皇室典範改正に閣僚から慎重論


と、アカ日新聞でさえ、ことごとく慎重論が出ていることを照会しているのに、小泉総理ときたら、

首相、閣内不一致を否定 皇室典範改正案で

と、まだ今国会で審議するつもりらしい。


「皇位の安定的な継承のためには早くやったほうがいいでしょう」
って、その前にご自分が論点を理解して欲しいものです。ヽ(;´Д`)ノ

今朝のアカ日新聞の社説「寛仁さま 発言はもう控えては 」を読んで、「おめぇら、何様のつもりじゃぁ!」と怒り心頭に発す思いでした。都合のいいとこだけを抽出した重箱の隅を突っつく論法で、読者の情報操作の意図がミエミエですわな。


以下、全文とオイラのコメントを=>にて書きます。


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 皇位継承のあり方をめぐり、天皇陛下のいとこにあたる寛仁(ともひと)さまの発言が相次いでいる。


 昨年、会長を務める福祉団体の機関誌に随筆を寄稿したのに続き、月刊誌「文芸春秋」などでインタビューに応じた。さらに産経新聞と、同社が発行する雑誌「正論」にインタビューが載った。


=>ひと通り目を通しましたが、柔らかなトーンでありながら、筋の通ったご発言に、目からウロコ状態でした。どこぞの新聞屋の社説とは大違いでしたわ。


 初代の神武天皇から連綿と男系が続いているからこそ皇統は貴重なのだ。戦後に皇籍を離れた元皇族を復帰させるなどして男系維持を図るべきだ。いずれもそうした趣旨の発言である。


=>男系の皇統を維持することが目的でなく、「そうしないと、皇室の神聖性が崩壊し、国民統合の象徴として機能しなくなってしまう。」ということが趣旨だべ。論点のすり替えは止めなはれ!


 小泉首相から皇位継承のあり方を諮問された有識者会議は、女性天皇やその子の女系天皇を認める報告書をまとめた。政府はこの報告書に沿って皇室典範の改正案を準備中だ。


 寛仁さまの発言は、この報告書や首相の方針に異を唱えるものである。


 だれを天皇とすべきか。皇位継承は天皇制の根幹にかかわる問題だ。国民の間で大いに論議しなければならない。


 皇族にも様々な思いはあるだろう。自らにかかわることだけに当然だ。だが、それを外に向かって発言するとなると、どうか。改めて考える必要がある。


 当事者である天皇や皇族がどう考えているのかを知りたいと思う人もいるだろう。自由に話をさせてあげたらいい、という人もいるにちがいない。


 皇太子妃の雅子さまが体調を崩したときに、私たちは社説で、心のうちを率直に語ったらどうかと主張した。


 しかし、今回の一連の寛仁さまの発言は、皇族として守るべき一線を超えているように思う。


 寛仁さまはインタビューで「皇族は政治にタッチしないという大原則があります」と述べている。その大原則に反するのではないかと考えるからだ。


=>そういう批判はご承知の上で、「国会審議の場に登ったら、ホントにタッチできなくなるので、その前に発言するのだ。」とおっしゃっていますよ。


 憲法上、天皇は国政にかかわれない。皇位継承資格を持つ皇族も同じだ。


 寛仁さまは皇位継承については「政治を超えた問題だ」と述べている。歴史や伝統の問題ということだろう。


 しかし、天皇制をどのようなかたちで続けるかは国の基本にかかわることで、政治とは切り離せない。まして、いまは政府が皇室典範の改正案を出そうとしている時期である。


=>天皇の仕事は天照大御神をお祭りすることでもあって、つまり全国の神主の代表でもある、と考えた場合、これは宗教の問題でもありまっせ。神主の代表の後継者をどうするかなんて、政治が扱う問題じゃないっしょ。むしろ政治が宗教の問題を取り扱っていることを、あんた達がどう考えるのか聞いてみたいものである。


 たとえ寛仁さまにその意図がなくても発言が政治的に利用される恐れがある。それだけ皇族の影響力は大きいのだ。


=>あんた達それが恐いんでしょ。( ̄ー ̄)


 天皇は日本国民統合の象徴だ。国民の意見が分かれている問題では、一方にくみする発言は控えた方がいい。これは皇族も同じである。


=>マスコミもね。
それから、国民の意見が分かれていても、その一方があきらかに間違っているとご判断された場合はむしろ積極的にご発言していただいていいと思う。例えば戦前のように、某マスコミが戦争を煽った挙げ句に国民の半分が戦争に賛成だった、と仮定した場合に戦争に反対するご発言をされてはいけないのかねぇ?


 天皇陛下は記者会見でたびたび女性天皇や皇位継承について質問されたが、回答を控えてきた。皇太子さまも会見で質問されたが、やはり答えなかった。


=>「お答えにならなかった」でしょ!敬語が間違っとるよ。(この文章、他に敬語がおかしい箇所多数あり。新聞なんだからちゃんとしろよ!)


 おふたりとも、憲法上の立場を考えてのことにちがいない。


 寛仁さまひとりが発言を続ければ、それが皇室の総意と誤解されかねない。そろそろ発言を控えてはいかがだろうか。


=>おいらは寛仁さまのご発言が皇室の総意だと思うべ。もし違っているとするなら、陛下が抑制されるのではないかね。
むしろ、一連のご発言の中で、お父上様であらせられる三笠宮崇仁殿下から「よくぞ発言してくれた!」とおっしゃっていただいたことや「これは三笠宮家の総意である」ともご発言されていますよ。
一連のご発言内容を全部読んだ上で発信して欲しいものである。


っつうか、そのような批判を受けることは承知の上で、それでもご発言しなければならなくなった寛仁さまのお気持ちを察することはできないのかねぇ。アカ日さんよ。

月刊『WILL』 3月号の特集「秘密文書 中国の「対日政治工作」全文一挙公開!」に掲載されている文書について、(全文はコチラ

その筋ではけっこう前から知られていた文書ですので、ご存知の方も多いかもしれませんが、是非一度読んでみてください。
その信憑性については諸説ありますが、支那は謀略大国なので、文書に残さずともこれくらいのことは考えていたと想定した方が正解でしょう。


雑誌『WILL』の冒頭に書かれた編集部のコメント(全文)は下記通りです。


【この文書は一部ではかねてより知られていた。驚くべき内容である。中国の対日工作計画がこと細かに、かつ具体的に書かれ、随所に思い当たる点も多い。
 ただし、出所が不明なため「怪文書」扱いされたこともある。
 編集部で取材を続け、そもそもは西内雅なる人物(故人)が日本に持ち込んだということがわかった。
 西内雅氏は明治三十六年生まれ。数学の天才と言われ、陸軍士官学校を出て内閣総力戦研究所所員。東條英機元首相らとも交遊があった。戦後は皇學館大学、京都産業大学、中央学院大学などで教鞭をとった。
 中国、台湾問題などが専門で、『中国の正体』『日本の防衛』『八千万の運命』などの編著書もある。
 昭和40年代半ばから、香港で日本語学校を運営、文化大革命で中国から逃げてきた中国人に日本語を教えつつ、情報を収集していた時に、この「文書」を入手したといわれる。
 西内氏は「中国と日本の戦いは心の争奪戦」だと語っていたという。
「文書」そのものがこのままの形で存在したものか否かは不明のままだが、内容については信憑性があると判断し、上海領事自殺事件などで中国の諜報活動が問題になっている今、敢えて全文を公開する (WILL)編集部】

060202

宮崎正弘 の国際ニュース・早読み」(2/2;1377号)より、無断転載。( ̄ー ̄)

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<<今週の書棚>>

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小堀桂一郎・櫻井よし子、八木秀次『女系天皇論の大罪 』(PHP)
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 僅か十ケ月の議論、専門家はひとりもいない有識者会議、メンバーをみたら驚くなかれ、筋金入りの左翼(吉川弘之、古川貞二郎、園部逸御の三人が巧妙に会議をリードしており、奥田委員、緒方委員、佐々木委員にいたっては欠席ばかり)だった。
 そもそも伝統破壊の左翼が、あろうことか皇室の在り方を論ずること自体、言語道断であろう。
 およそ小誌の読者には、女性天皇は容認できても、なぜ女系天皇が駄目なのか、説明は不要だろう。
 だが、本物の有識者が三人集まって、じつに要領よく問題点をまとめたのが本書である。結論はひとつ。
「先例のない女系天皇が誕生すれば、二千年以上続いた日本の伝統が失われる」
のである。
 小堀桂一郎氏はいう。「GHQによる皇室典範改正は国際法違反であり、有識者会議は国民を代弁する議論ではない」。
 櫻井よし子さん。「周章狼狽して伝統を覆す暴挙は許されない」
 そして八木秀次氏。「先人の知恵のふかさにこそ学べ」
と。
 本書の特質は三人の慧眼ばかりか、この議論に必要な古典的資料のなかでも、一番大事な文献を選んで、その中枢を抜粋して並べているところにもある。
これは有益である。古事談、日本霊異記、皇室典範義解(伊藤博文)など重要文献の、そのもっとも重要な箇所が羅列されていて、今の議論に最も必要なことが簡潔に了解できる仕組みになっている。


評者(宮崎)も昨年11月に緊急に開催された「皇室典範改悪反対国民集会」(中野ゼロホール)の席上で言った。
 「有識者会議はなにも知らないし、知っていることは全部間違っている」。
 ついで1月14日、緊急事態にともなって呼びかけられた反対集会。氷雨ふる日比谷野外音楽堂で皇室典範改悪阻止と訴える国民集会が開かれたが、あの大雨のなかにも千数百の愛国者が集まり、誰一人帰らず、伝統を破壊する暴挙を許すな、とたちあがった。


 この席でも評者は次の発言をした。
「昭和42年に文豪・三島由紀夫はバンコックに長期滞在しています。タイを拠点にラオス、カンボジアに足を延ばしています。
 テレビ報道もされた東大全共闘との対決のときに三島さんは、
 「諸君らが天皇を守ると言ってくれたら共闘する」と発言しましたが、文化概念としての天皇制の重要性を主張した三島に対して、左翼の学生達は冷笑しただけでした。
 当時、ラオスもタイも王室尊敬の念は替わらず、とくにパテト・ラオという共産主義ゲリラさえ、国王を推戴する「王政共産制度」なるものを模索しているように見えた、と三島さんは『文化防衛論』の最後の箇所で言っております。
 三島由紀夫が取材した当時の東南アジアはいずれも政情不安とベトナム戦争の悪影響がもろにふりかかり、共産主義が猛威を振るっていました。
 その後、ベトナムは共産化され、カンボジアではポルポトの二百万虐殺があった。
 カンボジアは国王制度こそ存続したが、国土は荒廃し、いまのカンボジアは嘗ての歴史的文化的伝統は残っていない。荒廃の土地です。
 ラオスでは巧妙に国王制度が廃止され、いまや旧国王の親族と末裔は古都のブルンパパンに生活しているだけ、その現場を筆者はみてきたばかりです。
 それが現実、もし日本が女系天皇を認め、そして二十年後にもし、配偶者が共産主義者であったり、外国人であったりしたら、私たちは今日のカンボジアを、あるいはラオスを笑えるのでしょうか?
『文化防衛論』のなかで、三島さんは、次のように言い残しました。
 「タイの共産系愛国戦線が国王讃歌を歌って団結を固め、ラオスの三分の二を占拠する共産勢力パテト・ラオが国王へ変わらぬ敬愛を捧げるなど、共産主義の分極化と土着化の実例を見聞した。
 (中略)象徴天皇制を指示する国民が、代議制民主主義を通じて平和裡に、『天皇制下の共産政体』を容認するかも知れない。およそ言論の自由の反対概念である共産政権が、文化の連続性を破壊することは言うまでもない。文化概念としての天皇は崩壊して、狡猾な政治的象徴として利用されるか、のちに捨てられるか、その命運は決まっている。このような辞退を防ぐには、天皇と軍隊を栄誉の絆で繋いでおくことが急務だ。その他に確実な防止策はない」。
 この四十年ちかく前になされた三島さんの預言は、なんと慧眼であったことでしょうか。危機は目の前にあります!」

2月11日は「建国記念の日」ですが、この日は「紀元節」(「日本書紀」の記述「辛酉年春正月庚辰朔」(紀元前660年1月1日(旧暦))に神日本磐余彦天皇(神武天皇)が橿原に宮を建て即位されたとされる日)とは明確に違い、決して日本の建国の日を記念する祝日ではありません。


紀元節は大東亜戦争後廃止され、現在の「建国記念の日」は1966年(昭和41年)の祝日法改正により国民の祝日に加えられたもので、この時は「戦前の「紀元節」を復活させようとしているのではないか」と社会党が強烈に反対したため、「建国をしのび、国を愛する心を養う」ことを主旨とした中途半端な祝日なのです。

そういう理由から「建国記念日」ではなく「建国記念の日」と呼ばれることになったのです。


紀元節はあくまで旧暦の1月1日が相応しいと思います。


ではなぜ2月11日になったのかというと、1873年(明治6年)に太陽暦に改暦されたその年は旧暦1月1日にあたる1月29日に紀元節の行事(神武天皇即位のお祭り)を行ったのであるが、これでは旧暦の正月こそが正しい正月だと国民が解釈してしまい、新暦が浸透しないことを危惧した政府が、神武天皇即位の日を新暦(太陽暦)に換算して、紀元節を新暦の特定の日付に固定しようと考え、グレゴリオ暦で紀元前660年1月1日を算出した結果、2月11日という日付になり、翌年からこの日に紀元節の行事が執り行われることになったのである。


しかし、この算出をユリウス暦で計算した場合2月18日になってしまうし、推古天皇以前の時代は元嘉暦がずっと過去にも行われていたという仮定が入っていて、どーにもウサン臭い日付なのである。


ということで、オイラは、新暦改訂の歪みが生みだしたウサン臭い祝日などではなく、旧暦1月1日を紀元節として、この日を「紀元節=建国記念日」(「の」は付かない)にすべきであると主張したい。


そうすることで、紀元前660年(つまり今年は皇紀2666年!)という伝統を意識するようになるし、2666年も脈々と続いてきた国体(皇統)を守ろう!という意識も生まれるのではないでせうか。


ちなみに、最新の歴史及び公民の中学校教科書の中で、日本国民統合の象徴である初代天皇が神武天皇であらせられると明記してある教科書は、8社の内、唯一扶桑社の新しい歴史教科書及び公民教科書のみで、扶桑社の教科書が出版されるまでは、皆無だったとのこと。ましてや「紀元前660年」とか「皇紀2666年!」なんてことを日教組に毒された教育界が教える訳ないですね。

皇室典範 首相発言、理解不足? 党内に困惑 」 によると、

小泉総理は女系天皇反対派に対して「女系天皇反対論」の核心部分をわざわざ解説して、「それを分かっているのか」と(勝ち誇るがごとく)述べているとのこと。やはり事の真髄を理解していないようである。

ココ(「女性天皇に賛成。女系天皇に反対!」) でも読んで、ちゃんと理解しといて欲しいものです。


そもそも民族の伝統文化の中枢にある象徴を「構造改革」と同一視できること自体が変人奇人ですわな!


それから、1/26のこのブログ に「吉川弘之氏が民青の活動家だった」ことに触れましたが、どうやら氏は、80年代に「赤旗」への寄稿も結構やっていたとのこと。

共産党系サイトでも氏の名前がいくつか引っ掛かってきます。

http://www.hokuriku.ne.jp/communeR/genpatu-2/genpatu-2-5-10.html

http://www.hokuriku.ne.jp/communeR/genpatu/genpatu6-18.html

http://www.jcp.or.jp/tokusyu/daigaku/20011123.html


さらに、月刊「致知」 2月号の渡部昇一氏と中川八洋氏の対談で、中川氏は

「天皇制転覆を狙う彼らのこの結論は、有識者会議が議論してまとめたものではない。皇統断絶による天皇制自然消滅のシナリオは、共産党が1970年初頭から、30年かけて準備し、狡智に構成してきたものである。」と言い切っています。


バリバリの共産主義者ということであれば、吉川氏が「新しい歴史をつくる(=天皇・皇室制度を消滅させる)」とか、「新しい皇室制度の<制度設計>をする(=伝統はすべて破壊・女系天皇を導入する)」とか平然と発言してきたのも合点がいきますわな。


いずれにしても、小泉総理が今国会で皇室典範改正(改悪)を通そうとすれば、もはや小泉総理は「改革のリーダー」ではなく、「共産主義者にそそのかされた、革命(破壊)のリーダー」として、歴史に汚点を残すことになるでせう。

不遜なサイト を発見。( ̄□ ̄!!!)
確かに表現の自由は憲法で保障された権利なのではあるが。
気の短い保守派の方はのぞかない方がいいかも。
オイラも2chスレをのぞく勇気はありませんでした。。。
おめでとうございます。(今日は旧暦の元旦でござる)

060128

年明けに1回動かしたっきり、放ってたらアガりました。。。バッテリー。(ノ゚0゚)ノオオー! 

ま、急ぎの用事がある訳ではないので、問題はない。

本日付産経新聞の社説「【主張】ODA改革 担保したい戦略の実効性」 に関連して、

1月23日付の同欄 にも

「対中国ODA(政府開発援助)問題もそうである。いまやGDP(国内総生産)は日本に迫り、貿易総額三兆ドル、外貨準備高九千四百億ドルと日本を凌(しの)ぎ、経済成長率は連続二桁、軍事費も毎年10%増大し、世界で三番目の有人宇宙飛行を成功させた中国に、なぜ毎年一千億円のODAを続けなければならないのか。」
と書かれてましたが、ODAだけではなく、アジア開発銀行(ADB) にもメスを入れなければ意味がないと思います。

日本はそのADBに対する最大の出資国で、ここにも国民の血税が使われています。しかも表面上は国際機関への出資ということになっているので、「中国にいくら貸したか」が見えにくくなっています。さらにADBの歴代総裁はその出資額を背景に全員外務相から出ているという事実も!


対中ODAは国民の理解が得られない ことから、見直し方針ですが、その影でADBから中国向けの融資はその削減額以上に伸び続けています。つまり対中ODAを削減して表面上削減されたように見せておいて、実のところ、日本がADBに出資した金が対中投資にジャブジャブ使われ続けているというカラクリなのである。


国民を騙すのもいい加減にして欲しいものである!