「宮崎正弘の国際ニュース・早読み 」(melma00045206)第1532号より転載。
八木秀次著『Q&Aでわかる天皇制度』(扶桑社)
その昔、天皇論の中心にいたのは葦津珍彦、林房雄、三島由紀夫ら。そして田中卓、所功らが積極的に論戦に参加した。
福田恒存、竹山道雄といった人々はどちらかというと天皇論争に積極的には加わらなかった。近年、大原康男、高森明勅ら新しい世代の論客を得て、論壇での天皇論は“花盛り”の観なきにしもあらずの状況になった。
これは素晴らしい傾向である。
五年来、女帝反対の先陣に立ってきた有識者のひとり、八木秀次教授が初歩的入門編の天皇論を書いた。
すでに女帝論で二冊ほどものにされている著者ゆえに新機軸なのか、いや或いはこれは入門の啓蒙書を狙ったものなのか、題名が「天皇制度」だから最初に違和感がすこし湧いた。
「天皇制」という用語は左翼特有のもので、コミンテルンのあやつり人形だった日本共産党が「打倒目標」として使い出した。代替可能なシステムの選択肢の意味を含むからだ。
それまでの日本に、そんなコトバはなかった。
「天皇制」と「天皇制度」とはどう違うのか?
そのあたりから本書は、いきなり本質の議論にはいる。「入門編」なんてとんでもない、相当な専門議論である。
「天皇制」は否定的な文脈で行使されることが多く、八木さんは「それと区別する意味で『天皇制度』という(肯定的ニュアンスをこめて)言葉を使っている」とされる。
そもそも日本は「古代において、中国から律令制度を取り入れ、儒教・仏教を取り入れることで国内体制を変化・充実させた。それが日本に定着するまでにはかなりの時間がかかっている。もっとも律令制度は取り入れたが、科挙や宦官は取り入れず、易生革命によって倒された天命思想の皇帝を(日本は導入することを)避けた」
古事記、日本書紀にあらわれた天皇観から、大化改新、足利義満、徳川の天皇制度の軽視、明治維新と五箇条のご誓文、そのごの明治欽定憲法における元老の多数決原理、いまの憲法の象徴天皇に至るまでを一覧、平明に解説する。
この部分だけを取り出しても優に一冊の新書版になる。
女系天皇に反対する根拠は、おなじみの染色体議論と、エドモンド・バークの保守主義原理を併用し、とくに後者を以下のように説かれる。
「保守主義の中心原理に『時効』(プレスクリプション)というものがある。時間の効力というほどの意味」だが「幾世代を経て継承されてきたものは、その時々の数多くの人々の慎重な判断と取捨選択の末に残ってきたものであり、それゆえに『正しい』ということである」。
皇位継承は125代にわたり、「一貫して男系で継承された」という動かし難い歴史の事実は「完全なる時効」であって「動かしてはならぬ原理」だと、八木セオリーは判りやすい。
天皇は祭祀王であり「民の父母」である、というのが八木教授の天皇論の根幹にある。祭祀王、プリーストキングという位置つけは林房雄、村松剛らがさかんに言っていたが、三島由紀夫は「文化概念としての天皇」を『文化防衛論』で主張し、すこし議論が抽象的にながれた。
それはともかく、本書には巻末に「天皇を論じた古典解説」があって古事記、日本書紀のほかに太平記、神皇正統記、大日本史、宣長、頼山陽の解説がある。
また「天皇制度を理解するための重要論争」では天皇機関説と美濃部達吉、神話の実在否定と津田左右吉ほか、歴史的な論争の簡潔な解説にくわえて歴代天皇系譜、皇室典範の新旧比較など付録についている。
靖国論争を目前にひかえて、タイミングのいい企画本である。