山犬日記 - 高知在住都民の独り言 -2ページ目

山犬日記 - 高知在住都民の独り言

2008年2月から介護赴任して9年が過ぎました。
2016年6月から犬と暮らしています。

尚、当ブログの内容と関係のないコメントは削除させていただきます。

今は知性が露呈する時だ。このやり取りの中でその知性がどの程度のものか国民は見る事になるのだろう。


擁護する話や反論じみたことは今はまだ喋らない方がいいと思う。逆の立場ならよく分かることじゃないかな。何を喋ろうと聞く側の耳は言い訳としか聞こえない時。政治家が白若しくは黒ではないという信念を持っているなら焦ることは何もない。


今まで何も語らず大勢がどちらかに傾いた時に急に上から喋り始める政治家が出てくるものだが、後になって浅はかな姿勢に見えることはよくある。これは与野党に言えることだ。


声を大にして与党批判を始めた議員も、議員が黒だと言う確証があるならそう慌てることはないはずだ。今喋るのは、論理も確証もないままにここで形勢を一気に不動のものに確定したいがために喋っている感情による声に聞こえる。マイナーな意見が世の変動でメジャーに扱われ始めた途端にそれまで黙っていた者が急に能弁に語るようなもので底の浅さを露呈するだけだ。


有能な政治家ならきっと今は静かにしていると思う。喋りたい者に喋らしておけばそのうちボロも出るだろうし、相手の喋る目的が何かを見定め、その姿勢に対して論理的に攻撃をかけていけば良いからだ。


気になるのは一部の与党議員が持っている情報だ。彼らが自民党にブレーキをかけた情報元だろう。W氏の別の決裁書と取り違えてないかという指摘も翌日にはトーンダウンした。既に情報を持っていた党内の有力者からストップがかかったのだろう。


何を持って政治的に知性と呼ぶのか。一般的な知性と呼ばれるものとそれまた別のものなのか、それを国民がどう受け止め、議員を判断するのか。今を含め暫くはそういう時だと思う。



当時は神奈川県の大蔵省財務局管財課と言った。何度か足を運んだことがある。宅建業法違反で2度の収監歴のある詐欺師が造成した土地の中で至る所に畦畔が含まれていたのでこれを整理する目的だったが、あまりにも頑なな国の態度に購入は叶わなかった。国はがめつく、考えられる可能性のある限りの高値を譲らない。


さて、世間を騒がしている件、上が責任を取る条件で話をまとめる指示があったのだと思う。財務省にしてみれば購入の申し出は絶好のタイミングと見てのことだっただろう。安く売ったと言う批判は直感的に有り得ないと思う。


賃貸から売却へ促したことがあったかどうか、購入後に購入側が不当な圧力をかけたのかどうかは遺書を読まないと分からない。経過に呵責を覚え論点のずれた国会の成り行きを見るに耐えず、かつての行動を悔やみ全てを語り相談する相手がいなくて病みだけが深まり自ら命を絶ったのではないかと想像した。国のために仕事をしながら病みの深さを誰も分かってくれなかった事が原因と思われる。それを気にしながらもアクションが取れず、今日まで何の力にもなってやれなかったことを悔やんでいたのが長官だったと思う。即座に地位を返上する意思を固めた。キャリアとしての矜持だろう。いたたまれなくなったことも当然あったに違いない。


どちらも1人の人間の判断として尊重する。


彼が辞めると報道されると早速追求側が騒ぎ出した。

「辞めて逃げれると思ったら大間違いだ」

何と品のないことか。しかしこんな批判は想定内だろう。私は長官は決してずるいタイプとは見ていない。親分肌で部下の覚えも良かっただろう。口も硬く、責務に忠実な男と今も思っている。これほど口の硬い男は最近見たことがない。その彼の心が折れるほどのショックを受けたのではないか。見苦しくことかどうかは今後の行動を見ると分かる。


居なくなればもう心配することはないとばかり、馬鹿な議員が政府批判を始め攻め立てようとするに違いない。そこで誰かを引き摺り下ろしてもまた同じようなことが起きるだろう。


問題とは何か。


「本当に守るべきは現場のノンキャリア」、森友問題巡る自殺者に宇佐美典也氏が涙の訴え

https://abematimes.com/posts/3833010

日本国内の政治の対立軸はどうやら安倍 vs 朝日新聞と言って良いだろう。


朝日が明確な証拠も出さず

「国会へ提出した決済文章のコピーと近畿財務局の原本を確認したところ決済文章に書き換えられた部分がある」

と報じると野党6党が一斉に騒ぎ立った。先ずは朝日がその事実を証明するのが筋だが、野党6党は完全に朝日の走狗であることを証明した。


行政上の義務違反などに対して制裁や行政罰を課し執行する権限を有する省庁に対して、文章が2つあると決めつけ、その文章を隠さずに出せと言う。無いと答えると無いことを証明せよと迫る。仮に100歩譲ってあったとしても普通に考えて出すはずはない。証明ができないからといって非難するのは違うだろう。そんなに国会議員という立場は強いものだろうか。


或る日突然我が家に魔法のランプがあると言われ、次の日からはいろんな人間が押し寄せて来ては出せと言う。無いと答えると無いことを証明しろと騒ぐ。更には国会審議を止め、止めた責任を感じているのかと脅す。こんな無茶苦茶な話はない。国会はいつから取調室になったのだろう。


国内が安倍vs朝日なら外交では日本vs Chinaだ。その朝日とChina共産党の利害が一致しているとしか見えない。こんな分子が日本に根強く浸食しているのかと思うと悲しいものがある。


そんな分子のせいで善良な来日者、在日者までが迷惑をしている。人権云々と言うならまず1番に取り上げるべき被害者である。彼らにすれば邪魔な存在でしか無いのだろうか。人権や不平等、差別と言った類の世論自身が世論の体をなしていない。


日本社会における人権とは何か。社会に誰を救わんとさせているのか。「人権」「不平等」「差別」という言葉が我が国を貶めんとする大陸の独裁共産主義政権に利用されているに過ぎない。日本社会においてあるべき姿ではない。


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かつてキリスト教が日本に持ち込まれた時、この国土を取り込むために宣教師が狙いををつけたのは大名であった。群雄が割拠する戦国の世で交易による利を我が物とするために大名は入信した。多くの大名は宗教を利用しようとしたに過ぎない。宣教師から見ると大名を落とすことにより、その土地の信者は一気に膨れ上がった。しかし布教活動がある程度進むと今度は信者の弾圧により勢力の統合が図られるようになる。教えを忠実に信じる民の命と引き換えに宗教が政争に利用された。


現在を見ると他国が宗教を利用してこの国を植民地としようとして布教活動が進んだ頃に似ている。しかも純真な民を弾圧できないと見越して政争を仕掛けているのが違う点だ。益々始末が悪い。それが現在の朝日だと思う。


当時、他の大名とは違いキリシタンの理想の聖地を作ろうとした大名がいた。大友宗麟である。宗麟にとって満ち足りた晩年のはずだったが、実は多くの悩みを抱えていた。一つは放埓な女色漁りに怒った正室奈多方(なたのかた)との家庭不和だった。奈多方は、豊後国国東(くにさき)郡の奈多八幡大宮司の家に生まれており、宗麟のキリシタン保護に嫌悪を隠さなかった。宗麟は若い頃から病がちで、頑健な体質ではなかったが、何かに憑かれたように女色にふけった。自分の弟や娘が政治の道具としてキリシタンに取り込まれることに目を瞑ることのできなくなった奈多方はある日宗麟の隣に常に従う日本人宣教師ジョアンを松林の中で待ち伏せ周りの武士たちに下がるように命じた。

「私がお前たちキリシタンを憎んでいることは知っていますね」

奈多方の声は意外なほど落ち着いていた。ジョアンがうなづくと、

「殺して肉を食ってやりたいほどに、お前たちのことを恨んでいるのです。お前たちはなぜわたしと大殿や息子、さらには甥との仲を裂くのですか」

「わたしたちは決してそのようなことは--」

「しているのです。大殿は女色にふけることを咎めたわたしのもとから逃れ、キリシタンの掟によって別な女を室としました。我が息子の親家は乱暴が過ぎ、僧侶になることも嫌がったため、カラブルの勧めでキリシタンとなり、その後は田原家を継ぐ身でありながら、キリシタンとなったため、とうとう家を追われました。これらは、すべてお前たちがしたことです」

    親家が寺の打ち壊ししていることは、ジョアンも聞いていた。

    カラブルは親家の行動を神の導きによるもの、と称賛していたが、寺の打ち壊しが大友家でキリシタンを嫌う家臣たちを反発させていた。

    そのことは、かつて大村純忠が寺社の打ち壊しを行い、家臣の反乱を招いたのと同じことでもあった。また追放になった親虎は奈多方の娘を妻とすることになっていたから、奈多方から見れば、娘の婚約者を奪われたということにもなった。

    奈多方は暗い海に目をやりながら、

「キリシタンは真実を教えるということですが、その真実とは夫婦、親子が別れねばならぬほど尊いものなのですか。もし、そうであっても、国主がそのような道に入ることは民にとってどれほど迷惑なことか、お前は考えたことがありますか」

「民が迷惑すると申されますか」

「そうです。大殿は、キリシタンの王国を作られるそうな。大友はいま九州の六ヶ国を版図としています。これ以上、戦をして領土を増やすことなどいりませぬ。無用の戦ではありませんか。なのに伴天連は大殿のために、石火矢(いしびや=大砲)を南蛮から取り寄せたそうな。デウスとは人に無用の武器を与えて戦をさせる神なのですか」

奈多方は、きっとジョアンを睨んだ。ジョアンはうつむいて何も言えなかった。


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いつまでも続くとは思えない。



此の国は政治家も国民もポピュリズムと民主主義を明らかに混同している。何でも大衆の声が大きければそれに迎合しようとする。事実かどうか、論拠は何かより、声の大きさを競い合う。


http://www.bbc.com/japanese/42630814

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この体質こそが過去は間違っていたと言っては今の間違を繰り返させている。


証拠もなく20万人が慰安婦として連行されたと言う。日本政府も一部にはあっただろうと認め、それが生じた責任を痛感し合意に望んだ。既に謝罪済みであるが、言いなりに詫びを入れれるはずがない。手打ちしたのだから後はゴールポストを動かさず、相手に求めることせず、自国で何とかするものだ。

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国際社会からの制止圧力を無視し、南が呼びかけた提案に北が同意した。この会談を円滑に進めるために慰安婦問題を持ち出して共有しようとして多数を多数を作ろうと、また慰安婦抗議を繰り出している。


これにより韓国5000万、北朝鮮2500万の南北統一のムードが漂って来始めていると仕掛けて、与党が勢力を高めようとするのは勝手だが、この大統領の力では北にしてやられるだろう。

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あらゆる国が半島と何らかの関係を持ち、政治的な背景の元で利害を生み出す仕組みを構築して今日に至っている。それが東アジア情勢を複雑にし、我が国は奇妙で不当な干渉や中傷を許して来たと思う。外野がこの問題を大きくしている。


国際社会は一切手を出さず、どんな形になろうが先ずは半島のことは半島で解決させるべき時だと思う。話は話し合える国同士でするのが良い。話し合えない者同士が話をしても話にならないのだから無駄である。


統一を果たして喜ぶのは北の人民にとって意味で食べられなかった者が食べれるようになること。同時にこれは南の人にとっては今まで食べれた者が食べられなくなること。


5000万と2500万が1つになっても2で割った3750万になると言うのが私の推論。半数は国外逃亡もしくは紛争や経済的な問題で命を落とすだろう。それで国際社会の一員になるためには北の領主も国際社会から追い落とされる。


国際社会のすべき事は数千万に及ぶ出国者の出先を見極め受け入れ先を整理する事と、一つの国として認める代わりに主権在民、法治国家を徹底させる事の2つ。逃げ出した人から見れば統一した政府は将来的にも批判の対象となる。受け入れた国に取れば要らない国になるだろう。発展を望めない単なる荷物になるからだ。

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日韓合意「全て誤り」文大統領、元慰安婦らに謝罪


「手打ち」と言う言葉にはいくつか意味はあるが、主に和解・取引の成立や物事の成就を祝って、一同が拍子を合わせてする拍手、また、和解・取引が成立することだ。


手打ちには公正を期すために「立会人」が必要である。坂本龍馬と中岡慎太郎が斡旋した薩長同盟に当たり龍馬がその場に出席したのがそれである。


約束には期限の明記があるのも常識だ。時代も変われば価値観も変わる。或いは期間を限定して事を成し遂げる迄は約束を守ろう等というように、条件の一つとなる。


「不可逆的に」と言うのがそれに該当し、立会人としてアメリカが動いた。それに日本政府が当初2億円程度で考えていたらしいが、それを10億まで釣り上げたのは韓国である。


完全なる問題の解決は無理なこととしても、何時迄も互いにそれを言い争うのは止めようと言うのが手打ちである。要求も通し、手を打った以上、燻る声は自国の責任において相手国に聞こえないようにするのを道理とするのは日本人特有の考え方だろうか?いや、もしそうだとすれば国際秩序は現在のようには育っていないはずだ。疑う点があるとすればこれが「政府間の取り決め」だと言う点だろう。更に文章を残さなかった点だ。前大臣は詰めが実に甘かった。前政権はその後大統領の弾劾によって新政府に取って代わった。そこをどうこの問題に利用してくるかは依然として注意を要する所だ。


ともあれ、政府自らが2年も民衆感情を野放しにし、国内ばかりか海外でも例の像を作らせた上、今回の話を持ちこんで来るようでは言語道断と言わざるを得ない。国際的な常識に照らしても韓国に無理がある。


政権が交代するのは民衆の声によるところは確かに大きい。社会が貧しいうちはどの国においても差別が横行する。民主化が進むと必ず通る道のように政府批判とデモは起きるものだ。


日本でも安保闘争を振り返れば良くわかる。戦犯だった岸伸介がアイゼンハワー大統領と新安保協定について会談を重ね、調印し、その後特別委員会で強行採決を行ったことを発端に学生を中心とした所謂安保闘争が勃発した。GHQの統治下に置かれ、旧体制は悉く壊され、西洋的な民主化に向けて国が進み始めた時だ。国民はまだ経済的に豊かとは言えなかった。


その後ベトナム戦争をきっかけとして再び紛争が起こるが60年安保と比較して70年安保紛争の目的は曖昧であったと言われている。ここに至る過程で日本は経済的に豊かになり、インフラも整備され、民主化は更に進んだ。かつて差別を受けた民衆も豊かになり、ここぞとばかりにかつて差別をした側を叩きにかかったのがこの時期である。更に昔を見れば大正デモクラシーにも同じことが言える。そして2度の安保闘争を通じて、「岸憎し、自民党憎し」と声をあげたのだと言う見方がある。生活が豊かになる反面、愚民化が始まっていたと言える。愚民は論理より感情によって個人または団体に抵抗を示そうとする。これまた歴史の常である。


韓国政治の特徴は民衆感情を抑えられず、もっと言えば抑える気がない所にある。対外交渉も国内の民衆感情を大きく膨らませて交渉に当たる。司法も民衆感情を優先して判断する。反日に異論を唱える者を弾圧する。対馬の仏像もそれだし、THAAD配備で煮え切らない態度を取り続けるのもそれである。歴代の大統領が悲惨な最期を迎えるのも全てそこにある。


何故なら民主化が進む反面、貧困した生活に苦しむ民衆が新たに生まれることが一つ。それは依然として蔓延る根深い差別社会に喘ぐ民衆と愚民化した民衆とが社会を構成し維持している構図を見ることで証明される。権力者にとって貧民と愚民とが協力した反抗は最も恐ろしいことだ。権力者の頭の中は常に中国共産党の革命時に資本家が次々と民衆の前に引き摺り出されては粛清を受けたことがよぎるのだろうか。きっと脳裏に焼き付いて離れないのだろう。こうして民衆蜂起を恐れる政治が常態化しているのだと思う。軍事統制の時代に戻るのが案外正解かもしれない。


民衆の意見を取り入れることは大事なことだ。しかし民衆が愚民化しているのであれば話は別である。そこに気づかぬうちは国際社会で他国に渡り合える常識は国家として手にすることができないと思われる。誰かが猫の首に鈴輪をつけなければならないのだが、この場合、猫は民衆でネズミは権力者、政治家である。


これでは国民が可哀想である。





私が思うに朝鮮半島に2国あるのが問題を解決に向かわせない最大の原因では無いかと思う。この際、北も南も国連から脱退し、一つの国になるまでアメリカ、日本、China、ロシアは民間を含めて国交を断ち、淘汰された国が一つの国として国連に加盟し直し、それを認めて各国は国交を始めたらどうだろう。


北が勝とうが南が勝とうが知ったことでは無い。勝利して一つになったものが法治国家であれば、その国を尊重するのだ。結果がどうあれ周辺国は自国の領土に編入しない事は大事な条件だ。


現在の南が政権が変わる度にコロコロと姿勢が変わるのは、いくつもの意見が乱立しているからだ。どの勢力にも後ろに大国の思惑が見え隠れしている。

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一族が権力をほしいままにして世襲し、国土を支配する北を社会主義の一員として保護するのも他国である。


何れも国としてのレベルに到底達していない。そんな両国に今や振り回されるのはどの国も避けたいだろう。大国の思惑が事を複雑にしているのだ。


分かりやすい形を望みたい。仮に北が制すれば、核保有国としてそれだけ日本の防衛力もレベルを上げざるを得ない。待ったなしで核を持つ為の議論をせざるを得ない。南が制するようなことになれば取り敢えず例の一族は消滅する。

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前回相撲協会で不始末と言えば2011年の八百長で、19人に引退勧告、2名の解雇、出場停止2年が2名。さらに21名の親方には降格や職務停止、解雇、昇格停止などの処分が下されるという大掛かりなものであった。他にも大麻事件というのもあった。それからまだ7年も経っていない。相撲以外でも競輪、競馬、パチンコに至るまで八百長で不正な金銭が動くのは興行の付き物と言って良いようだが、相撲は公益財団法人であり国に加護された団体である以上、発覚すればいい加減な処分では済まされるものではない。


上記の処分リストの中に貴乃花部屋の関係者はいない。貴乃花がいち早く馴れ合いの世界から独自の世界を作ろうとしてきたのだと想像できる。そして自分の指導法に自信を得たのだろう。他の役員や親方は彼に同調できるだけの自分に厳しい生き方ができない。世間体を守りつつ、不正を起こさないように管理するだけで足並みを揃える事に精力を注ぐ。給金の取れるまでは弟子を育てることはできても、それ以上のことは外国人力士の成功して親孝行をしたいというエネルギーに任せている程度ではないだろうか。そこに白鵬のような危険な駄目押し、エルボーを始めとする品のない取り口を許し、行事の判定に露骨に不服を表すような態度を改めさせることができないなのだと思う。


私がこんな事を言うのは見ていて白鵬の相撲には既に面白さに欠けると思っているからだ。面白いの感じる人はこのままで良いのだろう。それはそれで言うことは何もない。


1980年代は千代の富士の時代だった。あまりに強すぎて、他に横綱は出たが格が違った。こうなると相撲人気も下がる。その頃からどの部屋も外国に力士の人材を探しに行くようになった。外国人力士は全体の67%しかいないが、短期に関取となり活躍が期待できる。それはそれぞれの部屋の事情がそうさせたのだ。90年代になると小錦、曙を始めとし、期待通りに育って行く。中でも現在、外国人力士の2/3はモンゴル勢である。

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そしてこの時代を日本人として支えたのは紛れもなく貴乃花である。それ以降は稀勢の里の横綱昇進まで長い時間を要した。貴花田部屋は3名の関取しか作れていないが、他の部屋からどれ程の強い関取が育っただろうか。強い関取はたった数%の外国人力士が圧倒しているのが現状だ。大きな改革を歌った割には余りにも結果が物足りない。あったのは無気力とも思える本場所の相撲である。

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その意味で貴乃花のような人は必要な人だとも思えるし、ここまで外国人に門戸を開き、興行としての客の入りに世話になったからには、今後も益々強い外婚人力士が増えることは間違いなく、彼の努力がどれほどの実りを相撲に与えてくれるかと言うと疑問はある。



いっそ国営にしてはどうか。



出身地毎にその下部組織として都道府県が入門という国家試験に合格するまでの指導と世話をするのだ。力士の掘り起こしにもなるだろう。神社庁という不思議な位置付けの組織も一枚噛んで見たらどうだろう。


ちなみに協会としてはここまでをうたっているではないか。しかし興行である以上不正抑えるには荷が重すぎるのだと思う。


【定款第3条(目的)】

この法人は、太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させるために、本場所及び巡業の開催、これを担う人材の育成、相撲道の指導・普及、相撲記録の保存及び活用、国際親善を行うと共に、これらに必要な施設を維持、管理運営し、もって相撲文化の振興と国民の心身の向上に寄与することを目的とする。


【処分】

協会が賞罰規定で取り得る処分には、譴責・給与手当減額(減俸)・出場停止・番付降下(親方衆は降格。降格ができない場合は一定期間昇格見送り)・解雇・除名がある。また、賞罰規定にはないが部屋持ちの親方が処分相当となった際に部屋を閉鎖させた(取り潰した)こともある。除名以外は理事会の決議で発動できる。



   今日はこの件に関する話題をあちこちで見ることになると思うので先に言っておこう。


    2年前の慰安婦合意は、慰安婦問題は既に韓国の国内問題であるという合意なのだからこれ以上何を言ってこようが耳を傾けるべきではない。冷たいようだが事実認識も含めて韓国政府が自ら解決させないといけない事だ。


   中国の海外組織の圧力とその力を借りて今後も慰安婦像は建てられて行くのだろうが、それは今後韓国の立場を決して有利にするものではない。国際間の合意違反を反故にする韓国の評価を落とし、中国の国家戦力に加担する海外組織の存在を世に知らしめることにつながる。


   この件は中国共産党が仕掛け人であり、朝鮮人はその駒に過ぎない。彼らは国家の地位の評価を人権というナイーブでナーバスな問題を利用して同情を乞い、他国の人の真実への関心と究明を拒んできた。アメリカやオーストラリアの中共に侵されていない人からすれば像の存在は醜いものに映っていても、声を上げることに人道的な配慮からセーブが掛かる。寧ろこれまでは慰安婦像の存在すら知らない人の方が多い。


   ここで日本として心を鬼にして冷たく当たり、事実を国際的に発信することである。それによって、彼等には慰安婦を利用した手段は、これ以上得るものがなく、中間共に評価を下げる事になる事実を作る事になると思う。またそうさせる以外の方法は見当たらない。


   オーストラリアが内政に侵入する中国共産党の影響力に神経質になっていることがニュースで伝えられている。この「気づき」を大きな声にすべく協力するのも効果を呼ぶ手段の一つであるのかも知れない。


   韓国国内にはこれだけの像が建っているそうだ。これで観光に来い、オリンピックに要人の出席を求めるなど、よく言えたものである。

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   真剣に自分達が好かれる事を考えて相手と接する事に目を向けて行かない限り、韓国という国は国際社会の中で自滅すると思える。もの作りにしても営業にしても、人付き合いにしてもそれは同じ事なのだろう。


   お人好しの日本人としてはその逆で、人から嫌われても冷たく放置し相手が変わる事を耐えて待つ事を覚えなければならない。




    話が噛み合わず喧嘩ばかりしているのは、話し合う目的に共通認識を確認しないまま議論するからだ。取り敢えず目の前のものを否定する。それで議論が深まって行くと思っているのか、初めから相手を罵りたい為に喋っているかのどちらかだ。目的が違っているのだから、何のために議論しているのかそれぞれが勝手に思い込んでいるだけで、これでは最後は相手が逃げたとしか思えない。裏切られた気持ちになるのも当然の結果だ。それがまた批判のエネルギーとなる。メディアも断片を捉えて都合の良い方に煽るのでそれを見た国民も連つられて喋る。そんな仕組みが明らかになった一年であったのではないか。


    特に安全保障に関しては不毛もいいところだ。これではいつまでたっても知恵を出し合って手段を選択する事にならない。主権を守る上での議論がそれでは困るのだ。


 21世紀に入り,グローバル化の進展に伴って世界のパワーバランスは急激に変化した。日本を取り巻く環境は、尖閣海域に繰り返し押し寄せる中国船の侵入、北朝鮮による核・ミサイルの開発など、一層厳しさを増している。また,技術が進歩し、国際テロ、サイバー攻撃といった国境を越える脅威が増大している。


 現在、どの国も一国で自らの平和と安全を維持することはできない。日本は,特に1990年代以降、自衛隊によるものを含め、国連の平和維持活動を始め、国際の平和の維持と回復に向けて貢献をしてきた。平和国家としての歩みを基礎とし、国家安全保障会議の設置、国家安全保障戦略及び防衛計画の大綱の策定など、安全保障政策に関する様々な取組を行ってきている。


 これは、日本として、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、同盟国である米国を始めとする関係国と連携しながら、地域及び国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に寄与していかなければならないとの国家安全保障の基本理念に基づくものだ。


    その上で外交とは国家間の交渉であり、関連するさまざまな政治活動を指す。 国同士が互いに軍事行動という刃物を背中に隠した状態で自国の国益の最大化をやりとりする政治行為である。少なくとも他国はそう思って外交に臨んでいる。最後の手段といえる軍事オプションを放棄すると古今東西の歴史では降伏宣言に等しいと証明されているからだ。具体的には外交官や首相などの国家の代表と、外国の代表とが国際社会における問題に対応している。それでも他国からの威圧は止む事はない。


    外交戦略に基づき立案される政策(外交政策)は誰がどのような手続きで行なっているのか。防衛大綱を読んでいる人は少ないので聞く側としても目的がはっきりしていない。北朝鮮に対してアメリカと足並みを揃えて制裁を施すのはどのような権限が背景としてあり、認知されて行なっていることなのか。我々一般人の耳に聞こえてくるのはいつも「政府の見解」或いは「政府の方針」という目的が理解しにくい言葉だ。


    それでも今年は外務大臣が精力的に動き、海外に向けて力強く発信していることが幾らか救いだった。以前の官僚任せで発信力のまるでない大臣と比べると雲泥の差で仕事をしている。クレームもどきの質問に対しての捌きも良い。しかし、彼がいくら頑張ろうと周辺はそれ以上に頑張る国ばかりである。今後を考えると限界が見えている。


   安価で素晴らしいものを作ると、それに続く企業、それを買って売ろうとする者が出る。国内に飽き足らず海外でも売る。それが当たると海外の企業が打撃を受けるからという理由で高い関税が掛けられる。これでは売りにくいから安く作れと作る側に圧力がかかる。当然作る側も反発する。業界が既に大きなものであると国際問題に発展する。これとこれは希望を飲む代わりにこれとこれはこちらの要望を飲め、という具合だ。交渉が決裂すると、投資の見直しや進出企業の撤退、国内で優遇していた制度の撤廃、相互に乗り入れていた航空便の制限、埋設資源の制限、漁獲の制限など、揺さぶり合いだ。これが力関係だ。土地や水域をめぐりキナ臭い話が聞こえるようになれば経済制裁、銀行の取引停止、ついては領土問題に及ぶこともある。


    こんなことがどの業界にもあり、その複雑な関係の中で、益々自分の首を絞めているのが国内の不毛な議論だ。国会や部会では事前に何を共通目的として合意するかを与野党で前もって取り決めて、それにのっとった手段の提案を知恵を出し合って議論し、選択してもらいたいものだ。それには指針を明らかにし、それが通じない状況が発生すれば協議して修正を掛け、国民に明らかにすれば良い。


    国会の場で一からやり合うのではなく、事前に裏で根回しやら交渉をして共通の認識を取った上で臨んでほしい。簡単に言うと闇の中でやるべき仕事があると言うことだ。合意に至る手順や妥協に疑問があればメディアはそこを調査して記事を書けば良い。今の与野党議員はそう言う仕事の場から離れているのではないか。大物が生まれないのはそれが原因と思える。だから議員の仕事を錯覚し、一新聞社員が政府会見の場の質疑で議員ごっこを始めるのだ。何でも国民が知るのは必ずしもいいこことは思わない。それで国が守れるとは思えないからだ。その為に信頼のできる議員を選んでいるのではないのかな。





私のSNSのウォールには毎日のように

「舐められている」

「調子に乗り過ぎ」

「隠している」

「説明責任がある」

そんなコメントが溢れている。それらは全て主語が間違っている。そうさせているのはひとりひとりの国民であり、日本の国だろう。


保守の論客も革新の論客も毎日毎日コメントを出してご苦労なことだ。


憲法9条がそっくりなくなり、非核三原則もなくなってしまった時、日本にはもっと具体的な政策論争が起こり、質問も回答も、いい加減な内容では誰も納得はしなくなるだろう。妥協せずに共通の目的を確認し、意見を述べ合うことができるようにしなければならないのだと思う。主権を守るとはどう言うことか、何を意味するか、等など。


国外に向けても地域の安全に対し日本の責任の何たるかを語る必要が出てくるだろう。南京だの慰安婦だの嘘に塗られたプロパガンダをはっきりと否定する必要にも迫られるのだと思う。日本国民の総意として発信すべきだ。


日本は先ず「怒れば怖い」と思われる国にならないとだめでしょうね。もっと言えば檻の外に出ようが出まいが怒れば怖い国に。どのような会話も交渉もその上で進めないと何の成果も得られないではないか。いろんな問題もそう思わせる状況を作ってから話し合いで解決に臨むものだと思う。


その為には議員の数もこのままで良いのか、小選挙区と比例代表というが適切な方法なのか、参議院は何のためにあるか、同時に議論されなければならなくなる筈だ。何をつまらないことで国会をやっていたのかと、振り返って恥ずかしくもなるだろう。民主主義とは何か、立憲主義とは何か、その中で語るのが好ましい。


今のように一方の国が他国の犠牲の上に利するような発展では地域が活性化するはずはなく、やがては早い遅いの違いはあれど共倒れになるのは目に見えている。国内の議論を聞いていても何を言いたいのか分からない。多くのメディアも何を書いていいのか分からないで書いているのではないだろうか。


そのように帆を上げで舵をとるのは今だ。そんな日本を期待したい。論客も何時迄も小さな声ではなく、大きな声にして存分に語ってほしいものだと思う。