厳粛
2016.3.25
忠誠と信義を重んじ、この人生に身を捧げる思いを、過去にない意地と懇親を抱いて皆様のご期待にお応えし、相撲道復活の道筋を常に歩み続けたいと思う毎日です。
人生は長くとも短いと申しますが、今日死に直面しても悔いはない人生を訓示として、我が身我が友我らが仲間と共に身を削る覚悟に至りました。
相撲道の普及は、我が人生の名代でもあります。我が故郷我が生き甲斐でもあり、記憶を辿れば、幼心に芽生えた軍神のように生まれてきた思いがいたします。日本の国益のお役に立てるための、相撲道の本懐を遂げるためのものです。
言うが易し行うは難しい、と社会の気風を打破してこの後の相撲界に大きな貢献に鉾を立てて、将来を担う力士たちの柔軟なしなやかな心を育てて参ります。これからもご支援ご指導を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。
貴乃花光司
http://takanohana.net/message/2015.html
角界最高の才能と環境に恵まれたエリートは1996年(平成8年)9月場所後の巡業中、背筋の肉離れを起こすケガにより緊急帰京。それ以降引退する2003年1月場所迄の6年半、相次ぐ怪我や病気に苛まれた。幕内通算優勝回数は22。30歳での引退だった。
その彼が自身の部屋のH.P.にメッセージのコーナーで日頃思った事を語っていることを知った。ここには彼の相撲に関する思いと、親方として「我が身我が友我らが仲間と共に身を削る」覚悟が記され、同時に相撲を楽しんでいる姿が垣間見れる。
今の相撲は年間6場所制である。その他力士には地方巡業や稽古場総見などが課せられており、職業として長く籍を置くなら何処かで手を抜かないとやりきれないだろう。したがって相撲界の常識は年6場所制を如何に維持するかに資する考えに陥りやすいものと想像が付く。
貴乃花部屋の相撲に取り組む姿勢では普通なら体が持たないだろう。現に彼が親方となって育った力士の数は少ない。部屋も慈善事業ではない。多くの関取を育てなければやっていけるものではない。しかし、彼は例え関取が居なくてもその姿勢は変えないだろう。入門者が日本人であろうと外国人であろうと関係はない。一貫した教育を施すものと思えてくる。
彼と協会との間で不協和音が聞こえてくるのもこうした覚悟で臨んでいるからだろう。価値観が異なるのだ。
こうした教育で引退から14年が経過し、育った関取は幕内西前頭筆頭の貴景勝、同東八枚目貴ノ岩、十両東十四枚目貴源治の3名である。
この部屋の関取は師匠の相撲に対する考え方や部屋の教育の指針は身を持って理解して来た、或いは理解しようとしていると思う。更に親方を尊敬し、惚れてもいると思う。そうでなければとっくの昔に辞めている筈だ。
自ずと他の部屋の力士とも価値観は違って来るのだろう。他の部屋の力士は6場所制で如何に成績を上げ、番付を上げて行くかを第一にしているのだと思う。その頂点に立つのはモンゴル出身の白鵬だ。
親方が他の部屋の力士との交流に前向きでないのは、朱に交わればを懸念するところから来ているのだろう。力士自身そんな機会があってもこの部屋の力士は自覚して染まらないようにしているとすれば、その姿勢は折角の交流の場を白けさせるに十分なものがあるだろう。まして同じ国の集まりでは、思う事を口に出しやすい。しかもそこには角界最高成績を誇る大横綱が居る。
もし言葉が過ぎて親の事まで批判されたら子は親を庇って不思議はない。そこまであったかどうかは本人に聞かないと分からないが、再び始まった白鵬の説教に嫌気がさしていたのだろう。
先輩後輩、同じ学校、同国人の繋がりとはそんなに大きいものなのかと私などは思ってしまうが、よく分からない。きっかけでは世話になることも多いだろうが、それぞれの部屋で下積みをし、給金を取るまでに成長したのだ。1人の社会人としてまずは認めるのが先だろう。説教したかったのは貴ノ岩の態度にあったのか、白鵬の慢心にあったのかは知らないが、何の権利があって説教をするのか馬鹿げて見える。双方に溜まっていたのは事実だろう。
その中で日馬富士は彼のストイックな稽古を積み重ねた相撲を見ていても分かるが、貴乃花親方を尊敬していたと思われる。そして事ある度に貴ノ岩を庇って来たのも事実だろう。貴ノ岩は27歳、日馬富士33歳である。そして白鵬は32歳、貴乃花親方は45歳。協会理事長の八角でさえ54。皆まだ若い。
ある事をやっていて面白くない事があるとか失敗して迷惑をかけたから辞めるなどは何処の世界に行っても繰り返す。その世界に入り、何かをやろうとしてその道が完全に閉ざされた事を知った時に人は気力を失いその世界を去って行くことはあるだろう。日馬富士の心を折るものは何だったのか。或いは、引退を決意し、会見に臨んだ時点では折れた音はまだ本人に聞こえてなく、数日が経ち折れた音が聞こえたのでは無いだろうか。
日馬富士にしても貴ノ岩にしても今は孤独の中にいるだろう。しかし自分に向き合った時、何かを得るものだ。あれだけの鍛錬、訓練、錬磨を重ねて来た男達である。どのような形で生きることになっても期待して見守りたい。貴ノ岩に思うことがあれば師匠はしっかりと受け止めることだ。
日馬富士については一説に彼は日本国籍を取ろうとしていたと聞く。協会に残る準備をしていたのでは無いだろうか。何故協会に残ろうと思って現役を続けていたのだろう。これだけ怪我を繰り返しているのだからいつ辞めてもおかしくなかった。これだけいろんな投稿やコメントがある中で彼がやりたかったことについて誰も書いていないのは個人的には残念に感じている。