18日 追加 | seawinterのブログ

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絵は語りたいメッセージである。自由に想像の世界に遊べば良い。
ブログは内面のスケッチ集である。
ここから 創作へのステージは開かれている。

記事をアップして、読んだら、言いたかった事が書けていない事に気がついた。

 

それは、薬が少なくなったのだが、長年診て下さった先生が、何故、その薬を出して下さっていたか ? なのです。

 

 

戦時中に産まれた  私は 虚弱体質 で あった。

 

あの頃は、食料も薬も無く、戦後とて、 雑炊の鍋を囲んでの  丸い食卓を前に、お乳が離れて、 すぐ、 食卓へ デビューしたのだった。

 

幼子でしたが、容赦は  ありませんでした。

 

なぜなら、 スグ、 お出汁の多い お鍋は  空になり、 口に入った事は 無かったのです。

 

家族は 誰も スクって入れては くれませんでした。

 

何故か、 そのシーンは、頭から 離れないのです。

 

 

ビオフェルミン配合散  と  ビタミンE? (NEソフトカプセル)は、そんな私への 補助として、出して下さっていた。

 

風邪を長年引かなかったのは、 そうした  配慮 のお陰だったのだ。 と、 気づいたのです。

 

戦後の厳しい状況  は  昭和25年の 隣の国? の 動乱?が起きると 何故か 経済は活発と なっていったのです。

 

73歳の 記憶の 中には、 その件が やはり、 忘れられない記憶なのです。

 

 

平和  って、  良いですよね~~~

 

でも、幼いながら、負けじと お鍋へのアタックは 出来るように スグなりました。

 

競争の最前線 に 放り込まれた  私 の 生への 執着がそうさせたのでしょうか?

 

生々しい 記憶 ですが、 よみがえるのです。