甲府放送局より、発信のお話を 今日は聞けました。
424通?の戦地よりのお父上よりの手紙が 蔵の中から発見された方のお話でした。
戦争を知らない私には、 想像の世界でしか、ありませんが、 生きるか・死ぬか の緊張状況の中に放り込まれたら と 想像するだけでも 恐怖しか ありません。
それも、他国の地で・・・・・・・・
私は、あまり 外国には行きたいとは 思わない人です。
自国のことも、まだ、知らないのに、否 余裕が無いだけですが・・・・・・
お父上様は字がきれいであったそうで、どうして、このような如実な手紙が 発送出来たか不審だったそうですが、憲兵にマワされて、立場が逆になり、発送出来たのではと言っておられました。
最初の頃の 真っ黒に線が引かれた 手紙も在ったそうです・・・・・
MCの方も 時に絶句されながらの進行でした。
右お尻と足の付け根あたりに、深い傷跡をその娘さんは一度だけ見たそうで、その後は、見せないようにしておられたとか・・・・・・・
平和で安全な社会を 謳歌させて頂いていますが、一歩間違えれば 危険な様相に 即 変化してしまうのかと 考えさせられました。
帰還後 戸籍係として働かれ、お父上は66歳で亡くなられたそうです。
そして、次に自分が アカガミを発行する係になられ、泣き叫んでおられたお姿を見たそうです。
皮肉な話に 聞きながら、涙が溢れてきました。
私の故夫は89歳で逝きましたが、第二次大戦で ビルマに於いて、インパール作戦の援護隊で 戦艦大和の護衛のもと、ビルマまで広島は呉港から船で送られたそうです。
その後、帰ってから、戦艦大和は 沖縄へと行く途中に沈められたそうです。
故夫の話では、戦艦大和が居たから、ビルマまで着けたと思うと戦艦大和の話が出た時は、懐かしそうにしておりました。
「あ~~~~、ここは日本やったんか~~~!」 ホッ
夜中に 夢で時々ですが うなされていた姿は 忘れられません。
戦争は終わっても、体験した恐怖の様は 死ぬまで 続くものなのだと 観察しておりました。
きっと、放送のお父上様も誰にも 話せず、胸の中に恐怖や悲しみを一杯抱えて、天国に行かれたのでしょう・・・・・・・
平和と自由は 国民一人ひとりが見守りながらの賜物だと 改めて、深夜便の放送より感じさせて頂きました。
深夜4時は 微妙ですが、目が醒めていたら、聞きたいと待っています。
貴重なお話を聞かせて頂き 本当に感謝しております。
ありがとう ございました。 m(__)m