今日は7名が参加してのカラオケ教室だった。
いつもはもう少し多いのだが、春の季節で引っ越しの予定なども聞いていたので、少なかった。
いつも歌われる歌詞を 大きな画面で見ながらであるが、選曲される曲で 感じ方は違ってくる。
70才も過ぎて、皆 健康を保っていられるだけで、御の字 というばかりだが、ほんの少しの時間 若い時の燃える女 を 開放させるかのように 歌詞は ヒビキワタル。
燃える女の叫び が 情念 として 歌詞に 表現されたのを それぞれの想いに重ねて 流れる。
聞くほどに、深い深い 女の情が 紡がれている。
男の都合の良い歌詞ばかりであるが と、 つい 本音をつぶやく方も居られて、 なるほど、男の願望でもある歌詞か・・・・・・と 年長の方の シビアな意見 に オドロキながらウナズク。
初めての曲に チャレンジなされた方 の 戸惑いが 声 途絶えて、曲ばかりの時もあり、慣れない自分には、安堵したりする。
予定がつまり過ぎて、昼食後、昼寝などをして、練習も出来ないで 参加したのだが、高齢となっては、押さえ気味の予定がベストと 反省させられた。
しかし、若い時の 燃えていた時の 女を 生きただろうか? と 自らに問えば、歌の世界には、 とうてい及ばない。
歌詞が出来た背景には、それぞれのドラマが存在していただろう。
収まりきれない 情念のほとばしり が 歌詞として 命を得たのではないだろうかと勝手に想像する。
人それぞれの青春があり、やがて、歳を重ねて、アッという間に 中年・高年となり、異性とは関係の無い 日常生活が 必ず やって来る。
失って初めて、帰らぬ日々が 美しく、命の輝きとして、歌うほどに 女であり、男の心情を理解させられる。
変なものである。
歌詞に酔いながら、ヒトトキ 心の中の女 の 火 を 表現出来る事こそ 有難い。