歳の離れた友人 | seawinterのブログ

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時に 人は 歳の離れた気の合う人と出会う事がある。

友人と言って良いのか、分からないが。

 

九州は福岡県から大阪に転校して来た私は、新しく友人になった人のお母さんと、友人が居ない時にも、話し込んで、オシャベリをしていた。

 

それは、奇妙な関係だったかもしれなかったが、友人を差し置いて、話に盛り上がって、意気投合していた。

 

ご主人を亡くされて、間なしだった事が、そのような時間を与えられた真の原因だったかもしれないが。

 

高校が友人と異なったので、高校時代も、お母さんを訪ねて、オシャベリをしたこともある。

 

信貴山への電車が停まる付近で、大変眺望が良い処だった。将来、神戸とか、このような土地にお家を持ち、住めたら いいな~と 夢想していた。

22年後、京都に移り住んだ私は、お見合いで 意気投合した夫の家に案内されて、ビックリした。

 

東山の少し登った標高70メートルの処に 自宅はあったのだ。

見晴らしは、あいにく 無いが・・・・・・・

 

また、もう一人、専門学校の時に、先生に紹介された しみ抜きのオッチャンと かなり歳は離れていたが、意気投合した。

染織科7名の 作品のしみ抜きを お願いに伺っていたら、卒業間近、就職先は 決まっているのか? と、問われ、「作品に夢中で、就職活動は出来ていない」と答えたら、 紹介状を出して、「コレ持っていき」と言われた。ビックリしている私に、知っている染め物の先生やから・・・・・と、ニッコリ笑っておられる。

 

大阪に住み、奈良は西大寺の専門学校に通い、京都まで、染め物に必要な「ロウ落とし、蒸し、水洗」「シミ落とし」など、シッカイヤのごとく 作品を持ち回る 私を見て、色々とオシャベリを親しくしてくださった。

 

染の先生は、長く「謡い」の仲間として親交されていた方の娘さんだった。

その会社にめでたく再就職し、先生には、大変 お世話になりました。

 

人の縁とは、不思議なものとしか言いようがありません。

 

地の自分をさらけ出して、お互い笑いあって、楽しく時間を過ごしただけですが、将来がソコに 秘められていたとは、つゆとも、想像だにしませんでした。

 

人は 無力なものですが、ご縁 という 見えないバトンを手堅く手渡す事で、成り立っているものかも と 振り返っては 懐かしく思い出します。

 

日常生活に埋没している中、とうの昔に鬼籍の人となられた方々お二人には、実の処、短い間の親交だったのです。

 

しかし、それぞれの 笑顔 しか 今は思い出せません。

心の中では、まだ、健在なさっているのですが・・・・・・・涙