Q.インターネットについて、どのようにお考えでしょうか?
A.こんなこと言うと、ユーザーにネット批判だと怒られそうですけど、インターネットって個人×個人のコミュニケーション(相手をより深く知ること)にあまり向いてないんじゃないか、と思うんです。アメブロやmixiとかほかにもやっててなんですけどね。でも生の体験を通じてわかる、感じることってあるじゃないですか。そんな感覚を通じての考え方ですね。
Q.利用者が増えるということは、多くの人が魅力を感じていると思いますが。
A.<確かに(インターネットは)処理速度が速いので、情報の伝達手段としては便利だと思います。その速さゆえ同時に複数の人とチャット会話やゲーム対戦が可能だったり、自分の日常や考えていることなんかを日記に書いて、たくさんのレスポンスがあったりするわけじゃないですか。だから、そういうことが続いていくうちに自分のコミュニケーション能力が上がった、という錯覚に陥るのではないでしょうかね。「おれは今、同時にたくさんの人とのやり取りをこなしてんぞ」って、もちろん無意識の話しでですよ。それは受け手側にも言えることだと思うのですが。たとえば学校とかでみんなが怖がる不良グループとかから、そこそこ親しげに話しかけられたりとかするじゃないですか(有名人とかでもいいんですけどね)。そしたらその人の能力って自分にあるわけないのに、自分スゴイやろ?みたいなちょっとした優越感みたいになってしまうと思うんですよ。なんかそういうことと似ているな、と。実際ぼくなんかも、そういう時期がありましたから。
Q.インターネットがきっかけでお付きあいされる方、なかには結婚される方もいらっしゃいますよね。コミュニケーションツールとして、すばらしいのではありませんか?
A.そもそも、「その人」の人となりって、お互いのコミュニケーションを通じてゆっくり知っていくもの、というか感じていくものじゃないでしょうか。情報のやり取りが速くなったからといって送り手がどんなに本気になったとしても、「その人」の雰囲気や気持ちってなかなか伝えられるものではないと思うんですよね。それらって結局は受け手次第っていうところもあるんですけど、ネット上ではある側面しか伝えられなくて。どんなに表現を変えたって「愛してる」は、だれが打っても「愛してる」ですし。そりゃもちろん、ひらがなカタカナ・丸文字ヒラギノとありますけど。絵文字だってどんなに種類や組みあわせが増えたとしても、表現には限りがありますんで「その人らしさ」はあっても、「その人」じゃなくても表現できるものである、という意味に置きかえられるんじゃないかな、と。
多くの場合、ネット上で見ることのできる「その人」はネット上での「その人」であって、実際の「その人」とは違うじゃないですか。ですからネットでの交流期間が長くて実際に会う機会があったとしても、長い目でみた場合はリスクのほうが多いはずです。最近は長い目でみないのかもしれませんが。実は会うまでのやり取りを通じて湧いた親近感が、友情とか愛情に変わってしまうのかもしれませんね。でもぼくとしてはそれはやっぱり別ものじゃないかと。実際に会って、その人の雰囲気、声のトーン、話すスピード…それらを感じていくうちに芽生えるものが本物だと、本物であってほしいと思っています。けれど文字や絵文字といった情報を通じて、相手(自分)の気分を作ったりその気にさせる。そういったことは可能ですよね。
Q.インターネットに対して、やや否定的なのでは?
A.う~ん、あくまで個人×個人のコミュニケーションツールとしては向いてないということで、ある部分に関しては否定的でもあり、ある部分に関しては肯定的でもある…ですかね。最近(?)の傾向かどうかは知りませんが、人間ってひとつの面だけ見て良し悪しを決めてしまう風潮がありますよね。そのこと自体は全然悪くないと思うんですけど、じゃあ何が悪いかって言ったら、なんで悪いかを考えないってところなんですよ。自分が嬉しいから良いもの、自分がイラつくから悪いもの、といったように、感情だけで判断するという風潮。これもおそらくある面だけで判断する、ということにつながる原因のひとつじゃないかと思っています。メリットでもデメリットでもあるんですけど、人間って習慣(癖)になるっていう性質があるから、同じ考え方ばかりしていたらその考え方しかできなくなるだろうし、苦手なことでも続けていたらそれができるようになる。だから感情だけでもの事を評価していたら、自分のなかでは感情だけがもの事の評価の基準になってしまいますよね。それって、ネット上で褒めるだけの人や、匿名で悪口ばかり書き込む人にも当てはまると思うんですよ。
Q.今後インターネットどう付きあえば良いと考えますか?
A.個人×個人のようなじっくり付きあうコミュニケーションツールとして期待していると、ちょっと危険な気がしますが、もちろんコミュニケーションツールとしては便利だと思いますよ。同時に複数の人に向けて情報の発信や、複数の人からの情報の受信もできますからね。でも忘れちゃいけないのは、ほかの人にも見られているという意識をつねに持つということ。自分の発信した情報に好感を抱く人もいれば、反感を買う人もいるかもしれないということです。このインタビューも例外ではないですし、まあ、これは(インターネット上の)公の場でやり取りをしているときの話なんですがね。つまり発信した情報は無関係の人に見られるかもしれないし、そこから広がってほかの人に何かしらの影響を及ぼすかもしれない。このような、誰かに見られる可能性ということに対しての意識の低くなっていることに危うさを感じます。最近では公開の範囲設定が設けられているようですが、それも自分が管理しきれる範囲での話しなので。見ることのできるグループ数が増えたり、グループの中にひとりでも見せたくない人に変わったりすると、どこまで公開していいか混乱しますもんね。つまりインターネットどうこうの問題、というより人間のキャパでは到底追いつかないほどにインターネットが高速で、処理できないほどの情報量を取りあつかっている、ただそれだけの話なんですよ。科学は高速で進化するけれど、人間の進化はゆっくりである。そういった別の視点に目を向けていくことも今後、大切なのではないでしょうか。そうすれば自ずとインターネットの優れた活用法というものが見えてくるような気がします。