翌日は、『久遠』が仕事から戻り打ち上げパーティーになった。ジュリとクーは次の仕事のために参加できなかったが、ジュリはちゃっかり社からキョーコのスケジュールを聞きだし自宅に招く約束をとりつけホクホク顔で帰っていった。
地元のレストランを貸切り、気楽な感じのパーティーになった。長い撮影期間を一緒に過ごすうち、まるで本当の家族のように打ち解けていた。
「大丈夫?」
撮影が終わった高揚感からか、いつもより幾分飲みすぎているキョーコに久遠は聞いた。キョーコは頬を上気させ唇は艶やかで美味しそうだった。何度も撮影でジェフとして未緒にキスしたけれど、やっぱりキョーコに久遠として思うままにキスしたいと思ってしまう。
「えぇ、大丈夫です。でも、少し飲みすぎたかもしれません。」
不埒な思いを押し隠し、頭を冷やさなきゃいけないのは自分だと思いながらキョーコを涼みに誘った。
「そうみたいだ。少し涼みにいかないか?」
久遠はミネラルウォーターをとるとテラスに促した。素直にキョーコはついていく。久遠がミネラルウォーターを差し出すとキョーコは美味しそうに喉を鳴らして飲んだ。普段なら音を立てて飲むようなことは決してしないが少し酔っていたのだろう。テラスから先はちょっとした庭があったが二人はしばらく黙っててすりにもたれて吹いてくる風を頬に受けていた。
「撮影、終わっちゃったね。」
「そうですね。」
「なんだか、寂しいね。」
「そう...ですね。」
またしてもしばらく沈黙が続いたあとに久遠が口を開いた。
「しばらく会えないね?」
「...そう...ですね。」
「会いに行ってもいい?」
キョーコはこのあと、日本に帰る。久遠はアルマンディのヨーロッパコレクションに出るため渡仏する予定だ。『WOUNDED MOON』の編集は緒方の希望で日本に帰国してから行うことになっている。放送は2か月後からだから、それに合わせてプロモーションを行うことになっている。そのため久遠の訪日は2か月後だ。
「...すぐに会えますよ。プロモーションで。」
キョーコはテラスのてすりに寄りかかりながら庭のどこともしれない所を見ながら答えた。
「嫌だよ。2か月も会えないなんて、どうにかなってしまう。」
「...。」
久遠の心の中にはいいようのない焦燥感があった。このドラマではずっと一緒にいられた。ひいき目なしでキョーコの演技には驚嘆するものがあった。何度となく未緒に引きずられたが、いい意味で引きずられたと思いたい。そのぐらいキョーコの未緒は素晴らしかった。なのに、キョーコは自分との差がまだまだあると思っているのだろうか。これで『まだまだ』なら、彼女はどこまでいけば満足するんだろう?どこまでいけば俺と『並んだ』と思ってくれるんだろう?キョーコのことだ、自分が納得するまでは俺を受け入れてはくれないと思うと先の見えない焦りに身をよじられる気分だ。
「俺、『ぎゃふん』って何度も思ったよ?」
「私も『ぎゃふん』って思いました。『まだまだ』だなって。」
「どこまでいけば気が済むの?せめて目標を教えて?」
キョーコは俯いて黙ってしまった。久遠にとって永遠と思える数秒のあとキョーコは顔をあげて久遠を正面から見据えた。
「久遠さんに、敦賀さんに並ぶ役者さんが目標でした。」
「でした?過去形?」
「久遠さんに敦賀さんに並ぶ役者だと認められるには同じような賞をとらないとダメだと思ってました。でも、それって誰かの評価であって、受賞したからって自分が納得できるかは不安だったんです。」
キョーコはふふふと笑って続けた。
「そもそも、目標がおかしかったのかなって。私は『最上キョーコ』を作るために演技を始めたのに久遠さんに敦賀さんになりたいなんて...。この間、ある女の子に会ったんです。」
突然の話題の転換に久遠はついていけなかった。
「えっ?」
もう一度キョーコはふふふと笑った。
「女の子は『オルティス学園のナオミ』に会いに来たんです。私がその『ナオミ』だとわからずに同じ日本人だから『ナオミ』を知らないかって。その女の子は7~8才くらいでドラマと現実の区別がつかないみたいでした。『ナオミ』と自分をだぶらせていたんです。同じ日系人でいじめられていると...。でも、『ナオミ』ががんばっていると自分もがんばれるって言ってくれたんです。『ナオミ』はいつか役にたつ発明をするんだって。それを聞いたときに胸につかえていたものがストンと落ちたんです。私の『ナオミ』が愛されているって。社長の言ってたことはこれなんだって。私の演技を見て誰かが頑張ろうって思えるなんてすごいことですよね?そう思ったら今までやってきたイジメ役も無駄じゃなかったって思えたんです。悪役がいて主人公がいきいきとするなら、悪役も大切ですもの。私の目指すものはこれだって。で、私って欲深いんです。まだまだ納得できません。もっともっと上手くなって私のお芝居を見ていろんな気持ちをたくさんの人に感じてほしいんです。」
「それって逆に目標があがってない?」
久遠はますます先が見えなくなってめまいがしそうだった。
「そうですね。それに終わりがありません。」
すがすがしいほどにきっぱりと言い切るキョーコに久遠はどうしていいかわからない。
「久遠さん。あなたに並ぶとかぎゃふんと言わせるとかどうでもよくなりました。」
「それって、俺はいらないってこと?」
久遠があせって言い募るとキョーコは首を振る。
「いいえ。さっきも言ったように私、欲深いんです。あなたと一緒にいてもいいですか?あなたの横で一緒にもっと上を目指したいです。一緒に笑って泣いて時には喧嘩して。あなたの横にいるとき、『最上キョーコ』ができていく気がする...。」
そこで突然、キョーコは久遠に抱きしめられた。がっちりと抱きしめられてキョーコには久遠の顔は見えない。
「参った...。ねぇ、それはプロポーズ?」
「えっ?!そんなつもりは...。ただ、ずっと一緒にいられたら『最上キョーコ』でいられるかと思って。久遠さんはそのままの私を受け止めてくれるから。」
まさか自分の言葉が『プロポーズ』と受け止められるとは思わなくてキョーコは驚いた。久遠に対する素直な気持ちを言っただけなのだ。キョーコの言葉に久遠は息をのむとそっと腕をほどいて、ため息をつくとうなだれた。キョーコはプロポーズのつもりはなかったようだが、誰がどう聞いてもプロポーズだ。プロポーズくらい自分からしたかった。
「あの、『待たないで』なんて勝手なことを言った私ですから、久遠さんの気持ちがあの時と変わっていても責めません。私が勝手に思ったことを相手に押し付けることはしたくありません。私の思いには自分自身で責任をとりたいと思いますから久遠さんは気にしないでいいんですよ?」
うなだれる久遠を見てキョーコはもう遅かったのだと解釈した。一生懸命、久遠に責任はないのだと説明するキョーコの前に久遠は跪くと右手を差し出した。
「最上キョーコさん、俺と結婚してください。君が俺の隣で『最上キョーコ』になれるというならその全ての瞬間を見ていたい。俺だって君に負けないくらい欲深いんだ。俺は君の恋人になりたい。夫で親友でライバルで、時に兄で弟で、君の子どもの父親になりたいし孫のお祖父さんになりたい。君の全てになりたい。どうか俺のこの手をとってくれないか?」
驚いて動けないでいるキョーコに久遠は付け足して言った。
「誤解されると嫌だから言っておくけど、これはちゃんとしたプロポーズだよ。」
キョーコが驚きで動けないでいると久遠は「ね?」と言ったような神々しい笑みでさらに手を差し出した。その笑みにつられるようにキョーコがおずおずと久遠の大きな手に自分の手をのせようとした瞬間、久遠は待ちきれずに絶対にその手を逃がさないというように力強く握った。
「ありがとう。幸せになろうね。」
久遠はポケットからリングを出すとキョーコの左手の薬指にはめると立ち上がり、もう一度きつく抱きしめた。