「で、どんな感じだ?」

ローリィは床に畳を数枚敷き小上がりのようになった場所で、肘掛にもたれ昼間から酒を傾けている。その背後には立派な衝立もあり焚いている香まで雅を極めたものだ。いつも突飛な格好をしているが今日は平安貴族の休日ということらしい。これで大企業を経営しているというのだから不思議なものだ。これまたローリィに合わせた格好で何事もなかったようにセバスチャンが答えるものだから、この状況をおかしいと思うほうがおかしいと錯覚してしまうのも仕方ないというものか。とはいえ、今この部屋には平安貴族もどきが二人きりなので、そんな感想を持つ者はいないのだが…。

セバスチャンの報告は以下のようなものだった。
事件のあと犯人は逮捕され、現在は裁判を待っている状況であること
小夜子や蓮に近づく怪しい人物はいないこと
二人とも通常の仕事をこなしていること

「それから…。」

セバスチャンは珍しく、間をおいてから話し始めた。そのことにローリィは眉をピクリと動かしたが、その微かな動きだけで特に口を挟むことはしなかった。

「それから、小夜子様ですが頻繁に社様のマンションをお尋ねになっておいでです。」
「それは、どういう意味だ?」
「…仕事のあとに数時間、もしくはお泊りになることもあるようです。」
「それは男と女として...つまり恋人ということか?」
「はっきりとはわかりかねます。交際宣言等はされていませんので。お仕事の上ではなんら変化はないそうですし、職場の方は上司と部下としか思っていないようです。」
「ふむ…。」
ローリィは少し考えこんでセバスチャンを見たが、いつものごとく何を考えているのかさっぱりわからない。
それきり珍しく真剣な顔で考えこんだが、すぐにいつもの含み笑いに戻った。

「まっ、いっか。そのまま、SPはつけとけ。あとは放っておいていい。」
「はい、そのように。」
「さてさて、今後が楽しみだ。」
ローリィはひとりごちると、再び杯にくちをつけた。


「あぁ!また!!なんでこうなるの?」

あれから、小夜子は頻繁に社のマンションに泊まるようになった。今はキッチンでひとりで格闘中だ。
最近では料理に凝り始めてキッチンを使うようになったのだが、やはりお嬢様らしくほとんどしたことがないのが直ぐにわかる。野菜の皮なんか剥けば厚すぎて、どちらが皮なのか材料なのかわからない。第一手つきが危なっかしすぎて指を切るのじゃないかとハラハラする。味付けも酷く濃いか薄いかのどっちかだ。余りに悲惨なので、一緒にやろうとしたら口うるさく感じたのか好きにさせて!とキッチンから追い出された。この日は待つこと1時間、小夜子が漸く社を呼んだ。

「ユキヒト、ご飯だよ。」
その声に社は立ち上がってダイニングへ行った。テーブルには白いご飯と煮物の入った小ドンブリ。1時間ではこれがやっとという所で、小鉢やらを作るには至らないようだ。イスに座っていただきますと挨拶して食べ始める。小夜子は向かいに座って不安気に社を見ていた。二口、三口食べたところで恐る恐る尋ねる。

「どう?」
「ん ?美味しいよ、この煮物。」
小夜子はガックリと肩を落とす。何かマズイ事を言ったかと思うがそんなことはないはずた。野菜の大きさはマチマチだし、肉はやや固めだが生じゃない。味だってちゃんとついてるし、料理を始めたばかりならこんなもんだろう?

「確かに煮物だけど、肉じゃがだもん。」
料理名を聞いて社は不思議に思った。ジャガイモなんてあったか?
「肉…ジャガ?」
「上手く剥けなくて、ちっちゃくなっちゃったの…。」
なるほど、ただの煮物にしてはトロミがついている。ただでさえ小さいジャガイモが溶けて形がなくなってしまったんだろう。
「あぁ。でも美味しいよ。」
「お世辞はいいの。どうせ、私は料理の才能がないんだもん。時間かけても一品作るのが精一杯だし。」

小夜子は今では年相応の面を見せるようになった。自分にだけこんな面を見せられると、気難しい猫を手懐けたみたいで何とも言えない気分になる。
「無理に料理なんかしなくていいのに。どうせ、家政婦さんとかおかかえのシェフが家にいたんだろう?」
「それはそうだけど…。」
「だいたいなんで、急に料理なんかしようと思ったのさ?」

他愛のない質問のつもりが、小夜子は頬を赤くしてふくれっ面になった。そんな顔しながら睨む様子が可愛いものだから、からかいたくなるのは必然。

「まさか、胃袋を抑えようって魂胆?それだとこれじゃあ、まだまだだなぁ。あっちじゃ、キョーコちゃんのご飯だったから舌が肥えちゃったんだよね。」

わざと傲慢な物言いでからかう気満々の社が腹立たしい。料理上手で玄人並のキョーコと比べられては敵うわけがない。しかも、社は冗談として言っているが小夜子は己の魂胆が見抜かれていて恥ずかしいことこのうえない。そもそも、そんな浅ましいことを考えて実行してしまった自分に腹がたつ。小夜子は何も言わずに寝室に逃げ込んだ。

驚いたのは社のほうだ。小夜子のことだから、そんなことはないと絶対に言い返してくると思ったのだ。二人きりの時は、もう年齢差は忘れている。小夜子は仕事に関してはひどく冷静で、多角的に物事を見ることができて既に新人とは思えない。プライベートは好奇心旺盛だが、決して下品にはならない。知的でウィットにとんだ会話は刺激的だ。少女のように可愛いらしいときもあれば、妖婦のようなときもある。容姿の美しさは言うまでもない。お嬢様だということは端々から滲みでている。こんな縁でもなければ一般庶民の社とは話すこともなかっただろう。

つまり、最上級の女ということになる。そんな女が何を血迷ったのか成り行きにしても自分なんかと付き合っているのだ。まさか、本当に胃袋まで掴もうとするなんて思うわけがない。もし、冗談ではなく本当だとしたら俺はどうすればいい?好きだとか愛してるとかつきあってほしいとか、そんな風に普通に始まった関係ではない。いや、つきあってとは言ったか、小夜子の方からだったが...。適当な期間が過ぎれば別れるものだと思っていた。明確に期限を決めていたわけではないが、小夜子がもういいと言えば終わる関係だと思っていたのだ。



リビングのドアが開く音がしたので、振り向くと小夜子が立っていた。ならばとダイニングのテーブルにお茶をおき座るように促す。向きあって座ったのはよいもののどう話したものかとなかなか言葉が出てこない。社とて小夜子をどう扱っていいのか決めあぐねているのだ。そんな社の様子に小夜子は笑みをもらした。

「何も変わらないってことでどうですか?」
小夜子が何を言おうとしているのか社にはわからない。?が表情に出ていたのだろう、小夜子が笑みを深めてもう一度言った。
「忘れるのは…さすがに無理ですけど、だからといってどうこうなるつもりもないんです。だから、今までどおりでどうですか?」
「そういうわけには…。」

「私、子どもじゃありません。チーフに責任とって欲しいなんて思ってません。昨日のことは…」
「昨日のことは?」
小夜子が言い淀んだところで社に言葉じりを繰り返される。そういえば、何だったのだろう。チーフのことは嫌いではない。尊敬もしているし、好感も持っている。上司としても男としてもだ。だからといってつきあってもいないのに関係を持つなんて馬鹿げてる。でも、昨日はそれがとても自然なことだった。しかも、あんなにゆっくりと優しく大切そうに抱いてくれるなんて思いもしなかった。今、自分の心の奥を探ってみても後悔は微塵もない。

「なんというか、癒しのためというか…。」
社は難しい顔をする。
「同情をありがとう。」
「そんなんではなくて!生命の讃歌というか、原始から刻みこまれてるような…。」

必死で説明しようとするが、言い募るほどおかしなことになっていく。そんな姿はかわいらしいのだが、昨夜の小夜子は慈愛に満ちていて聖母のようだった。聖母でいながら妖艶…矛盾しているのにそんな表現がピッタリだった。社は微苦笑した。

「なんとなくわかったよ。でも、やっぱりこのままというわけにはいかないだろう?チームを代えてもらおうかと思うんだけど。」
「?!嫌です。敦賀さんの担当は短期間ですし、全うしたいです。それにチーフにはもっと仕事を教わりたいです。」
「蓮ごと代わっても大丈夫だと思うよ。それこそあと少しだし。仕事は俺のチームじゃなくてもできる。」

大丈夫といいながらも、本当に可能なのだろうかと自問する。誰も引き受け手がなくて社のチームに押し付けられたのだ。それにあの社長が決めたことだ。チームが代わるとなれば、その理由を求められる。と、そこまで考えて思い出してしまった。小夜子は社長の遠縁だった。小夜子との関係が『愛』からならば社長は何も言わないだろう。でも、慰めてもらったなんてそんなこと通るわけがない。社ならばと信用して預けられたのに、ミイラ取りがミイラになるなんてお話にもならない。あの社長を敵にまわすなんてとんでもない。社の考えを読んだのか小夜子がニヤリと笑う。

「いいんですか、社長に説明しても?」
「!」
「だって、チームを代わるなら説明しないといけませんよね?」
社は溜息をついた。社長に睨まれたらこの業界では生きていけない、辞める覚悟を決めるしかない。
「仕方ない、辞表を出すよ。」
「!」

今度は小夜子が驚く番だった。
「だから今まで通りでいいじゃないですか。黙っていればわからないですよね。」
「それは無理じゃないかな。きっと君にはSPかなんかがついてる。あんな事件の後だからね。ここに泊まったことを社長は知ってると思うよ。」
そう言われればそうだ。そのあたりはぬかりはないだろう。

「それなら、おつきあいすればいいんですよね?社内恋愛を禁止してるわけではありませんし。仮にどこかの時点で別れてしまっても、それは仕方ないと思うほどには理解があると思いますよ。なにせ、ラブモンスターですから。」
「おつきあいって…。」
「私のこと、嫌いですか?」
ズイッと顔を近づけられて、ドギマギしてしまう。本当に美人すぎて困る。
「好きとか嫌いとかじゃなくて。」
「嫌いじゃないならいいじゃないですか。それとも他に好きな方とかおつきあいされている方が?」
「それはいないけど。」
「昨日、すごくヨカッたです。あんなにイイなんて思いもしませんでした。チーフもそう思ってくれたと思っていたんですけど。」

上目遣いで潤んだ瞳で見つめられて鼓動が早まる。正直言ってしまえば、社にとっては今までで一番だった。小夜子の言う『生命の讃歌』というのもなんとなくわかる程だった。
「待って?!身体もコミ?」
「私、子どもじゃないって言いましたよね?それにちゃんとしないと社長にすぐバレると思いますよ。」

何を『ちゃんとする』というのか、小夜子の顔はどこかの悪徳業者のようになっている。美人だから余計に迫力が増している。
「それにしたって…。若い身空で、そんな爛れた関係にならなくったっていいじゃないか。俺が辞めればいい事だよ。」
「やっぱり、そんなにヨクなかったですか?」
シュンとして項垂れる小夜子に慌てて言い訳する。
「そんな事言ってない!すごくヨカッた…じゃなくて!」

昼日中から一体なんの話しをしているのか。もう、昨夜からおかしなこと続きだ。夢なら覚めて欲しい。頭を抱える社を尻目に小夜子は笑みを深める。たった一日で、普段クールな姿からは想像もできない程の表情を見た。本当はこんなにも表情豊かだったのだと思うと可愛くて仕方ない。できれば、昨日のような心からの笑顔をもっと見たい。

「私、まだまだチーフに教わりたいことがあるんです。だから、仕事を辞められると困るんです。だから、ギブアンドテイクでお願いします。」
「君のほうが負担が大き過ぎないか?そんな理由で好きでもない男とつきあえるのか?」
「そうでしょうか?罪悪感持ったままって精神的負担が大きくないですか?」
「罪悪感?」
「だってそういう風に思っているのでしょう?部下に手を出してしまったって、何も無理矢理とかじゃなかったのに。夕べのことはお互いに必要なことだったんです。」

社は納得いかない。自分には必要だったのかもしれないが、小夜子に必要だったとは到底思えない。そんないっ時の癒しのために利用されていいわけがない。眉間にシワを寄せている社に仕方ないとばかりに小夜子は溜息をつきながら言った。
「わかりました。じゃあ、やっぱり責任とってください。」
「責任って?俺にできることならするけど…」
「だから、責任とってちゃんとつきあってください。それなら、問題ありませんよね。」
してやったりという顔の小夜子に社は言葉もない。
「ね、ではそういうことで。仕事以外では小夜子と呼んで下さい。私は…ユキヒトって呼びます、いいですね?あっ、それと敬語でなくていいわよね?」


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今まではできたんですけどね?
なにか障害おきてますか?
編集できないんですけど?
うちのPCの問題?
というわけでグレーが更新できません…。