カーテン屋おおいしの日記 -99ページ目

プロヴァンスのご縁!

今日の鳥肌!

ウッドブラインドを見に、ご来店されたお客さま・・・

「ホントは、ウッドブラインドより、ファブリックのほうが好きなの」

な~んて、おっしゃるではありませんか。実は、ワタシも!

「以前、橫浜に住んでいたとき、ずっと使っていたカーテンはね」
プロヴァンスの生地で」

えっーーーーっ橫浜?プロヴァンス?もしや? びっくり ドキドキ 

「マイカル本牧にあったお店で、生地を買って自分で縫ったんです」

それ!うちです~、私、その店にいたんです~チュー



もう15年以上、経っているはずです。ワタシもまだ、30代でしたし。

そのあとは、2人して言葉にならず。やっと口にしたのは
「うわ、鳥肌たった・・・」でした。


プロヴァンスのファブリック・・・が繋いでくれた、ご縁でしょうか。
湘南で、再会できるなんて。



いま、この色やデザイン、ないですものね。
当時のプロヴァンス、まだ持ってるヒトがいるんですよ。
アンティークとまでいきませんが、ヴィンテージファブリックです。



ウッドブラインド、ではなくて、次もプロヴァンスでカーテン
お作りいただけるそうです!

ありがとうございます!
今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

写真は全て、在りし日のヴォイルのものです。
・・・時代を感じるわぁ。






おまけ、ヴォイル時代のわ・た・し。

思えば遠くにきたもんだ~この先どこまでゆくのやら・・・



 

続けているといいことある!

社会人バンドがプロの前座を務める、
それも憧れのヒトの!
そんな夢が叶ってしまった、妹の旦那。
(今はね、オープニングアクトって言うんだって)

 

単身赴任が多かった彼は、九州、台湾、インド…
どこにでも、ギターを大切に持って行った。
さながらギターを抱えた渡りドリ。

インドなんて、地域にニホン人ただ一人の場所で頑張ってたんだからなぁ。
これは、そんな彼へのご褒美だったのかもしれない。

 

10/16 sun.もと憂歌団の木村充揮さんと同じステージに立った(前座だけどね)
義弟の晴れがましい姿を、この目に焼き付けてきました。

なんとその夜は、ステージが終わると木村さんを囲んだ3次会まで~爆  笑
実に愉快な夜でした。
キムラさん、オモロイおっちゃんでしたにひひ

 

 

ずっと好きな事、続けていたら、こんなミラクルも起こるんだね-。



ついでに。

メンバーの一人に、旦那が初版くらいから
ずーっとずーっと買い続けていた雑誌コンバットマガジンや
モノ・マガジンを出してるワールドフォトプレス社の人がいて

いつもひとりで黙々とアイロンかけてる、うちの旦那いわく、
(自営でクリーニング屋をやってます)

あの憂歌団の木村充揮さんと飲んだり
長年愛読してきた雑誌者の編集さんから
「いつも支えて下さってありがとうございます」
なんて言われたりして

人酔いした晩だったそうだ。


夢をありがとう


高校生だったあの頃、まさかこんな日がくるなんて
思ってなかったよね、おふたりさん。



ライブが終わったあとの、

まだまだ青春真っ只中のおっさんの後ろ姿

 

仕事と才能と

正直にいって、ワタシは才能ないと思う。

 

神様はワタシに

「この仕事が大好き」を授けてくれたけど

一緒に才能までは授けてくれなかったみたい。

おかげで、この仕事への挑戦はやむことがない。

才能がないのを自覚しているから

 

いつでも頑張れる、いや頑張るしかない
 

無職になっても、転職はしなかった。

この仕事から他に逃げたことはないからね。
(手を動かし続けるよりほかない、と思っただけだけど)

 

トレンドやデザイン、そして、お客様の気持ちの双方へ

いつもアンテナをはっているんだ。それと


たくさんの美しいもの、素敵なものをストックしている

その引出しから、いつでも求めに応じて、お見せできるように。

 

才能がない事を自覚できる(痛いほど)


それを生かして、感受性や受容する心と共感力を磨いていきたいと思っている。
自虐に陥らないようにね。

 

自分の価値観を押し付けることはしない


そもそもインテリアコーディネーターって、デザイナーではないし

「私の作品」ではないと思う。
 

ただ、これいいよね!をお客さまと分かち合えたときは

嬉しく思うことができる。

 




 

もし今、才能が欲しいか、仕事が欲しいか
聞かれたら

私は仕事がいいかな

未熟者ですが、まだまだ頑張りまーす。