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マニュライフ2

面倒なので正式名称は書きません。

昨年10月に出場した駅伝に再度出てきました。
前回と異なるところは季節に加えて、距離が20kmからハーフの距離になるところ(4人で等分した距離を走る)。
実際は他にも相違点はあったのですが。

当日は絶好の好天!ただし、好天が裏目に出る場合もあり、今回はまさにそうかも。風が吹いてくると気持ちよいのだが、日なたを普通に疾走すると暑いのなんの!途中から根源的な危機を感じ、スピードをセーヴしたくらいです。

もう一つの問題は、我々駅伝勢とハーフマラソン参加者がまったく同じコースを通るということ。これによってコースが大いに混雑しました。

さて、我々「チームビル研」ですが、昨年はメンバーの一人が奥さんと出ていたのが、今年は九州から東京に復帰したビル研メンバーが新たに出場。男子のみチームとなりました。

私は今年も2人目に出走。上記の彼からタスキを引き継ぐ。駅伝参加者がそれほど多くなく、我々の側でタスキの受け渡しをするチームのランナーが、逆側の場所で受け渡しをするチームのランナーと別のコースを走ってくることもあり、今年は無事受けとれました。まずは一安心。

走り出して感じたのが、やっぱり暑さ。1km地点くらいから大分暑くなってきました。但し、昨年より地力はついているのか、結構快調に飛ばす。といきたいところですが、結構コース上のランナーは多い。抜かす時も若干ペースを抑えてから追い越す感じ。暑さへの懸念と混雑からどうも快適に飛ばすという感じにはならず。そうしてるうちに折り返し地点に。

一応作戦としては、前半飛ばしすぎず後半余力があったらマクるというのがなんとなくありました。しかし、折り返し後の混雑ぶりはさらにひどく、若干無理に追い越さないと前に行けないくらい。さらに、想定外が、3km地点の表示がないこと。代わりに「残り2km」はあったのですが、kmごとのタイムを見ているわけなので参考にできず。そんなわけでどうも不本意な感じ。

味スタ近くまで帰って来てからは残りの距離も大体把握しているのだが、マクる気にどうもならず。ひたすら足の上げを大きくして走りました。

そのまま味スタ内に入り、それなりのダッシュで第3走者につなぐ。手元のタイムは…24分弱。正確には23分54秒。昨年が22分40秒とかなので、距離の違いを合わせて換算すると、これがほとんど同じではないですか!暑さと混雑というマイナス要素があったことを考えると、これは上出来かな。なんて急に自信出てきました。

第3、第4走者も無事に走り終わり、今年はゴールでの出迎えも成功!チームタイムはおそらく1時間50分弱。まあ暑かったことだし、良かったのではないでしょうか。

その後、打ち上げ、というか味スタ内でビール(一人だけバイク乗るのでソフトドリンク)。昨年はそのまま帰ったのですが、やっぱりこれがなきゃですね。次は湘南出よう、という感じになりました。なお、メンバーのもう一人はこの後大相撲観戦に行ったようです(!)

これで今年前半の全レース終了。次は決まってないのですが、目標がなくなると走るモチベーションが全くなくなることは確実…。一つぐらい間に入れておきたいものです。

答え合わせ

一応やっときます。

Q1:何百人・何千人
わが町では数人レベルで固まって観てる人はいたが、思ったほどみんなという感じではなし。でも、スポットによってはすごかったようですね。

Q2:器具の種類
あんだけ売っていたキャラ物はお見かけしませんでした。

Q3:観察の方法
ピンホール使いも見かけませんでした。ピンホールをわざわざ使わなくても「木漏れ日」使いというのがあったんですね。ただ、あんなにたくさん欠けた太陽が映るのも情緒はない気がします。

Q4:太陽は煌々と照っている
太陽を直視しなければ明るさはそう大きくは変わらず。実際金環になる前に少し暗くなったけど、言われてなければ勝手に雲に入ったのかとか解釈しそう。気温が少し下がった気がしましたが、それも同様でしょう。

Q5:その他
・観察方法の指導など
欠けていく経緯、金環になる瞬間などをしっかり観ようとすると、どうしても太陽を観る回数は増えますね。そのことから、これだけグラスを使えと指導していたのは正しいかったということに納得しました。
逆に、皆既までいくと、太陽を凝視する回数はむしろ減るのかも。せっかくなので、観て比較してみたいですね。

・部分日食
意外と三日月の形の太陽も趣がありました。

・わが町ではそうでもなかったものの、グラスを貸し合って観たりして、近所や街中の交流のきっかけになったようです。佳きことかな。

未来日記

5月21日(月) 朝7時ごろ

不思議な風景を見た。
見渡す限り何百人、いや何千人という人々が皆、空を見上げている。
ただ見上げているのではない。
皆が皆、顔にグラスのようなものを当てているのだ。
眼鏡にしてかけているものもいれば、
変わったところでは、仮面ライダーか何かのお面をつけているものまでいる。
何かの流行りなのだろうか。
人によってはカメラの先端に何かをつけて空を撮影したり、
なんだかわからないが四角い手作りの筒のようなものをもって
何かしらしようとしている。
まったくもって不可思議である。

空に何かあるかと見上げてみても、特に変わった様子はない。
少し曇っているとはいえ、太陽は煌々と照っている。
UFOでも飛んでいるのか、
地震雲でも出ているのか、
と目を皿のようにしてみてみたが、
あいにくその兆候をつかむことはできなかった。

そんなしているうちに、一天にわかにかき曇り、
雨粒がしたたりおちてきた。
そのうちに雹まで降ってきた。
先ほどあれほどにまでいた人々は今やどこにもいない。
あれは夢だったのだろうか。
それとも、もしかして、このゲリラ豪雨を予知していたのだろうか。
そんなことは今やどうでもいい。
あの日以来、人々の行動自体を定義したり、理由づけたりすることに、一体どんな意味があるというのだろう。