光浦靖子に結婚説が浮上!ブサイク路線返上か?
タレントの光浦靖子(37)に結婚説が浮上している。光浦はブサイクを売りにした芸風ではあるが、「実は可愛いのではないか?」という声も少なくない。
また、スタイルの良さは友人だった飯島愛も評価しており、彼ができてもおかしくはないのだ。
人力舎に所属する光浦靖子は幼なじみの大久保佳代子とお笑いコンビ「オアシズ」を組んでいる。
二人で出した本の題名は「不細工な友情」である。
本の内容はともかく、二人ともブサイク路線が売りなのだが、その光浦に彼ができてしかも、結婚もありえるというのだ。
これは、森三中の黒沢かずこのブログによるものだ。
黒沢によると光浦靖子には最近結婚説があり毎日、ブローチばかり作っているという、
「リポーターの方もご存知ないみたいで、
このまま光浦さんを、幸せのままにしときましょう」
と微笑む黒沢だった。
”番組の企画で、妻夫木聡に告白して、
「光浦さんとお付き合いすることは考えられません」と事務所から返された。”
”ファーストキスの相手は番組企画でウド鈴木だった。”
など、「もてない女」として扱われる彼女だが、そうとも限らない。
スタイルについては友人だった飯島愛が
”笑ってしまうほどスタイルはイイ”
と話していたほどで、魅力を感じる男性がいてもおかしくない。
また、外国人からは評価が高く、楠田枝里子からも「外国の方にモテるタイプ」と言われたことがある。
巷でも、「結婚するなら光浦靖子のようなタイプ」、「眼鏡をはずせば可愛い」などの声も聞かれ、モテないとは言い切れないのである。
そうなると、結婚説は真実である可能性も高い。
2009年の春は「光浦靖子結婚」でモテる女に新しいタイプが加わるかもしれない。
(編集部:真紀和泉)
Techinsight Japanより引用
SMAP中居、ついに本命暴露 年内に入籍?
25日発売の『週刊文春09年1月1日・8日号』に報じられた、SMAP中居正広の熱愛記事。これまでフジテレビ・中野美奈子アナや倖田來未とも浮き名を流した彼だが、結局のところ本命は03年にフライデーされた青森出身、6歳年下の一般女性Aさんであり、現在もふたりの交際は続いている......という内容。彼女は、中居が5年前に購入し、現在は父親が暮らす高級マンションにも慣れた様子で出入りする、いわば「家族ぐるみの公認の仲」であり、記者の突撃取材を受けた中居父も、A子さんを含めてちょくちょくゴルフへ出かけていることを認めつつ、ふたりの結婚について「彼も来年37になるし、そろそろ考えなきゃあかんかなぁと思ってるけどね。親密な深い内容っていうのには入れないし。立ち入らないんですよ」と複雑な心中を延べている。
思い起こせば、ちょうど昨年の今ごろは、中居と倖田來未との「熱愛」報道が世間をにぎわせていた。しかし当時から「紅白を盛り上げるための話題づくり」「SMAPがエイベックスに移籍する前のパフォーマンス」などという憶測が飛び交い、倖田の謹慎復帰直前である5月に鮮明なツーショット写真入りで湯河原温泉1泊デートが「フライデー」されてからも、半信半疑な空気が払拭されることはなかった。
「その原因は、中居のテンションの低さにあると思います。これだけ頻繁にスクープされているにも関わらず、仲の良いタレントやスタッフが倖田のことを話題に出したとたんに暗い表情になり、口をつぐんでしまう。中居のキャラ的にはありえない反応ですから、何か"大人の事情"があるんだろうな、と勘ぐられても無理はないでしょう」(芸能プロダクション関係者)
また、ふたりが、携帯ストラップ、ネックレス、時計などお揃いのものをちょくちょく身につけていることもファンの間では話題になっているが......。
「一時は、本当につきあってるのかなって信じる風潮もありましたけど、今は『事務所が用意してムリヤリつけさせられている』説が濃厚ですよ。なんとなく、ふたりの間に漂う空気に"愛"は感じられない。いや、これは単なるファンの勘ですけどね(笑)」(熱心な中居ファン)
今回の「文春」の記事の中にも、「倖田との交際には多分に"営業"があるのでは。すでに中居は倖田とは距離を置いています」というレコード会社関係者のコメントが掲載されているが、もし、この熱愛劇が仕掛けられたもので、本命がA子さんであるとすれば、芸能界の裏事情を理解したうえで中居を支え続けてきた彼女は、かなり"できた"女性ということになる。
中居が最後に選ぶのは一体誰なのだろうか。
日刊サイゾーより引用
狩野英孝、実家の神社が復旧 初詣で間に合った
お笑い芸人狩野英孝(26)の実家で、6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震で被災した宮城県栗原市の桜田山神社が30日、ほぼ復旧し、年末年始の参拝客を迎える準備が整った。父勉さん(55)が神主を務める同神社では、震度6強の揺れに石鳥居や灯籠(とうろう)などが次々と倒壊。参道もずたずたになったが、地元の協力を受け、なんとか復旧。県外からの参拝者も増えてきており、復興祈願には例年の倍近い参拝者が訪れる見通しだという。
被災した桜田山神社の参道はきれいに復旧し、みぞれの中で提灯(ちょうちん)の明かりに照らされていた。勉さんは地震直後、「いつ復旧できるか見当もつかない」とぼうぜんとしたという。だが新年の復興祈願の初詣でに、ようやく間に合った。「励ましていただいたみなさんのおかげ。神主として、一日も早い復興を祈願したい」と、笑顔で話した。
1500年の歴史のある由緒正しい神社は、栗原市内の丘陵地帯の小高い山の上にある。狩野が生まれ育った自宅は社殿の隣だ。6月14日の烈震は、狩野が子ども時代を過ごした神社を激しく揺さぶり、破壊した。神社も自宅も一部損壊の診断だったが、300年前に建立された栗駒石の本鳥居(6メートル)は根本から折れ、参道上で砕け散った。巨大な石の灯籠も倒れ、社殿も土台にヒビが入り、木造建築部分も大きなゆがみが出た。宮城県沖地震(78年)でも無事だった神社は過去にない大被害を受けた。
被害額は、本鳥居の復旧に150万円、社殿や大鳥居などの修繕に150万円。合計300万円に上ったが、本鳥居は、地元住民の寄付で新たに奉納された。残る150万円は蓄えから捻出(ねんしゅつ)。新年の参拝を絶やしたことのない神社の歴史は地域に支えられ、守られた。
勉さんには長男の狩野と次男の2人の息子がいる。いつかは長男に神社を継いでほしい思いはある。一方で、自分の道を進む長男の活躍を、誰よりうれしく感じている。地震後、狩野がテレビ番組で「神主の資格を取る」と宣言したが、勉さんは「資格を取るには2年間の勉強が必要。簡単ではない」としながら「実現するかは分からないが、本当にうれしかった」と、涙声になって話した。
新たな本鳥居で迎える年末年始だが、狩野は仕事で帰省できない。それでも11月に1晩だけ帰り、栗原市の田園観光課に「どんな時でも気持ちを1つにすれば『効果テキメン、ボクイケメンで』頑張りましょう」と、狩野なりの熱い応援メッセージ入りポスターを贈って帰ったという。
勉さんも、気持ちは狩野と同じだ。新年に向け「神社は地域のよりどころ。清き、明(あか)き、直(なお)き真心で、地域の復興に励んでいきたい」と語った。
日刊スポーツより引用