仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(_ _)m
さあ、さあ記念すべき第1回目:伊達政宗VS藤堂高虎を終え、↓
お待たせしました(^^)(いや、別に待ってないってかぁ)第2回目のブログ上武将対決!
今回は変則的なプロレスで言うところの「3WAYマッチ」です。
これは、3人の選手が同時にリングに上がって戦う試合形式のことです。
今回の出場者は兵ども、出てこいや!!(高田延彦っぽく)
まずは、独眼竜と言ったら丹下段平かこの人 伊達政宗!
続いて、政宗にも負けない「傾奇者(かぶきもの)」 前田慶次!
そして、酒の飲み比べなら二人にも引けを取らない 福島正則!
同じ時代に生き、三者三様の人生歩んだこの御三方が、どんな名勝負を見せてくれるのか?
ルールはいたって簡単です。独断と偏見で今回は2つのお題を提供しますので、みなさんはその内容をご覧になって、どちらが勝っていたか?勝ち負けを判定して頂ければOKです。
まずは、恒例となりました1回戦は、「イケメン対決!」
よくお目に掛かる肖像画で、どちらのイケメン度が勝っていたかを判定してください。
まずは、伊達政宗殿!
続いて、天下一の傾奇者、前田慶次殿!
えっ、これが?花の慶次をイメージした人、残念。
最後は福島正則殿!
あーよく見るやつだね
さあ、あなたの判定は決まりましたかな、イケメンはだれでしたか?
続いての第2回戦は「逸話鉄板ネタ二刀流対決!!」
実はこの3人、戦国武将の中でもとっておきの逸話の持ち主なのであります。
なので、読者を唸(うな)らせる、すべらない話をご披露して頂きましょう。
まずは、伊達政宗殿。
白装束でパフォーマンス謝罪: 豊臣秀吉への参陣が遅れた際、いつ首をはねられてもおかしくない場面で全身白装束(死装束)を身に着けて秀吉と対面。その後、一揆に加担したことを疑われ、今度は金の磔(はりつけ)柱を引かせて登場。「殺すならどうぞ」という命がけのパフォーマンスで秀吉を感心させ、見事にピンチを乗り切りました。
(ただし、この逸話は諸説あり)
酒での失敗談が多すぎる: 秀吉の前で泥酔して大あくびをしたり、徳川秀忠を招いた宴会に二日酔いですっぽかし、「お腹が痛くて…」と見苦しい言い訳をしたり、酔って小姓を叱責しておいて、次の日にはその事を忘れたりとお酒の失敗談には事欠きませんでした。
続いて、前田慶次殿。
伯父・前田利家に「水風呂ドッキリ」: 自分の生き方に小言を言ってくる伯父の利家に対し、「温かいお風呂を用意しました」と誘い込み、なんと氷のように冷たい水風呂に入らせました。利家が怒り狂っている隙に、愛馬・松風に乗って前田家を飛び出し出奔したと言われています。
前田慶次と豊臣秀吉の「猿」にまつわる最も有名な逸話は、宴の席で命がけのパフォーマンスを披露した「猿舞(さるまい)」のエピソードです。秀吉のあだ名が「猿」であったことは有名ですが、天下人の前でそれを連想させる芸をするのは、一歩間違えれば即座に打ち首になりかねない危険な行為でした。
命をかけた「猿舞」の成り行き1. 猿のお面で宴に乱入する 豊臣秀吉が徳川家康や上杉景勝など、全国の名だたる大名を集めて盛大な宴を開いた際のことです。宴が盛り上がった頃、慶次は猿のお面を被り、手ぬぐいで頬被りをして扇を振りながら、面白おかしく踊り出てきました。
大名たちの膝の上に腰かける 慶次は猿の動きを真似しながら、なんと並み居る大名たちの膝の上に次々と腰かけて回ったのです。戦国時代の重鎮たちを相手に失礼きわまりない行為ですが、あくまで余興の「猿舞」としておどけて見せたため、周りも手を出せずに引きつった笑いを浮かべるしかありませんでした。
しかし、慶次が唯一、膝に乗ることができなかった人物がいました。それが上杉景勝です。景勝があまりにも隙がなく、微動だにせず凛とした威厳を保っていたため、さしの慶次も呑まれて素通りせざるを得ませんでした。このとき景勝の器量に感服したことが、後に慶次が上杉家に仕える大きなきっかけになったとされています。
最後は、福島正則殿。
名槍「日本号」を飲み取られる: 黒田家の使者としてやってきた酒豪・母里太兵衛(もりたへえ)に対し、大きな大きな盃で酒を勧め「これを飲み干せば天下の名槍・日本号をやろう」と絡みました。見事に飲み干され、本当に宝物の槍を奪われてしまいました。(福岡民謡『黒田節』の元ネタ)
酔って切腹を命じて翌朝後悔: 泥酔して家臣に「切腹しろ!」と命じ、翌朝シラフに戻って「あいつはどこへ行った?」と質問。「殿のご命令で切腹いたしました」と聞かされ、大泣きして後悔したという逸話があります。
カン、カン、カン。(ゴングのつもり) はい、今回の勝負はここまで、となります。
最初のイケメン対決、逸話の1本目、逸話の2本目の3本勝負で判定をお願いします。m(__)m
いずれも、負けず劣らず、とんだお騒がせ武将たちですこと。
昨今の歴史研究の進展は目覚ましいものがあり、過去の書物に記された史実や出来事などとは別の説が発表されたり、歴史認識が改められたりしている事も多く見受けられます。このブログで書かれたことは、諸説ある中でも多く語られることの多い部分を抽出して書かれたものであり、歴史認識や見解の確からしさを断定するものではありませんことをご理解頂きますようお願い申し上げます。


