護真舎 Self Defence Academy ~生きる力~ -122ページ目
愛は全てを内包していると
考えた上で愛と真実は
グラデーションのようなものと
僕は捉えていると書きました。
本当か??
マイナスな事は真実とは
呼べないではないか?
例えば昔から仲良しだった
AさんとBさんが絶交したとして
AさんがBさんを避け始めたことが
きっかけで、Bさんには理由も分からず
冷たい態度を取られて傷ついて
二人はいつの間にか
口を聞かなくなりました。
これは、Bさんからみた事実とします。
Aさんは何でそんな事をしのか?
実はCさんからBさんがAさんの事を
悪く言っていたと聞いたからでした。
最初は信じていませんでしたが
Bさんもなんだかよそよそしい、
これはCさんの言ってたことは
本当なんだと思ってしまい
距離を取るようになりました。
これがAさん側の事実でした。
しかし、これはAさんをBさんから
横取りしたいCさんの策略だったのです。
これがCさんが裏で画策した事実。
これがもし明らかになれば
新事実と呼ばれるはず。
嘘偽りが絡む事柄だから
真実とは呼ばない。
この事件を更に深掘りした結果
Cさんはとても独占欲の強い人
だった。その理由は、幼い頃に
母親を亡くしてしまった為に
大事な人が自分から去ってしまう
かも知れないと必要以上に
怯えていた為、大好きなAさんを
自分だけのモノにしたくて
邪魔なBさんを離れさせたのだった。
Cさんにはまだまだ母親からの愛が
不十分だった事が愛すべき対象を
罠にはめてまで独占する行動に駆り立てた
のだった。そこにはまだまだ
愛されたかった幼い自分が心の中で
傷を負ったまま存在していた。
Cさん自身はなんと無くは分かって
いるが、だからといって何をどうしたら
良いのか分からないまま
このような事をしてしまった。
ここまで掘り下げて見えて来た
嘘偽りの無い、その人自身に
深く関わる事で
尚且つ、底の底の底には常に愛が
何らかの形で関与している事を
真実と呼ぼうと言っているのです。
マイナスもプラスも無く。
だから人の数だけ真実はあると
言われるのでしょうか。
真実ってのは時に
涙の味もする事があるって事っすね😭
このCさんのした行いを
だからといって許せとは
言いません。
でも、自分を大事にして欲しい、
さもないと愛したい人が
毎回Cさんから結果的に離れて
しまうでしょうからね。
真実の端っこでも見つけられたら
Cさんは今よりは救われる
でしょうしね。
このCさんの場合は
実際には誰かの助けがないと
中々、真実まで辿り着くのは
難しいと思われますが
それでもCさんが何とかしたいと
思ったなら、必要なタイミングで
必要な人と出会い、Cさんと初めて
向き合うきっかけを得るはず。
真実ってネットやテレビで
使われているものと
ちょっと違う気がしませんか?
それぞれの人の内側にある
今、長々と語ってきたことは
どうやって知れるというのでしょうか…
真実はあるけれど
本人すら気づけていないことを
あると言えるんすかね…
人によっては
真実なんて説明できるものじゃないし
世の中の真実と呼ばれているものは
作られたものも多いと言うかも
知れません。
それらは確かめようがないのも事実^_^
真実なんてそう簡単に分かるもんじゃ
ないと言われたら確かに!と
言ってしまうっす。
真実、真実とうるさくて
すみません笑
続く
人は理不尽な攻撃または口撃
に対して、根底に防御する力が無いと
過度な怯えや、反射の反撃をしかちだと
いった話を一つ前の記事で書きました。
その続き。
僕らは組手の中で相手の力量に
応じたやり取りをしています。
年齢、生別、体格、力、などなど
を考慮しながら行っていて
それは馴れ合いの手加減とは当然
違ってきます。
ちょっとムキになったり
手抜きをしている姿も
見ているとありますが
目に余れば指摘しますし
様子を伺うこともありますけれど。
そんな事まで含めて人間力を養う
要素があるのが組手。
その根底にあるべきものは
一体何でしょう。
愛ではないっすかね。
ウフ❤️
愛の中には全てが含まれております。
この感覚は理屈ではありません。
頭で整理するものでもありませんので
僕らは体感していくしかありません。
この感覚を体感した人が
本当の意味で守る力を備えた人。
だから、無用な争いもしないでしょうし
敵は悪と決め付けもしない、
中庸、フラットな
自分でいれるんじゃないですかね。
以前、真実🟰愛
と書いたのですが
最近は真実と愛は
グラデーションのような
ものという感覚があります。
本来は戦うとか、守るとか
勝ち負けの表面のことより
大切なものがあるねと
そこが土台としてあれば
自分を見失わずにいれる、
それが護真であります。
とんでもないものを
掲げてしまったと
時たま髪を掻きむしる事もありますけど
僕も彼らとそこを目指して
生きているのであります🫡
こうして考えてみると
自分の世界をどうしたいのか
大切な人達と生きる世界を
どうしたいのか
守り方は人それぞれですが
根底に愛があるなら後悔は
無いんじゃないですかね。
続く
人間社会で生きている以上
同じ人間が、何かのタイミングで
こちらに敵意を持つなんてことは
あるあるでぇございます。
そして、それを言葉や態度で
示してくるなんてのも
これまたよくある話し。
幸せなら態度で示そうよ🎵
ならぬ
敵意を示されたらたまったもんじゃ
ないっすよ。
そんな時、こちらが
何か対抗できるものが無いと
相手は『ハハァ〜ン、やり返せないな』
と次のアクションを起こして来るかも
しれないです。
外交でもそうだと思うんですがね
ミサイルぶっ放しても
誠に遺憾である!しか言わないなら
もう一丁やっとくかとかね。
黙ってやられたまんまじゃ
無限ループっす。
でも、これ以上、一線を越えるなら
こちらも行動に出るぞ!と脅しではなく
それが可能な自分であったなら
逆に要らぬ争いは避けられますよね。
護身術的には、一歩下がるか
またはその場から一歩も下がらない
でしょう。
言葉であろうが態度であろうが
この場合同じ事が言えます。
相手や状況にもよりますが
それで相手が引いてくれれば良いですね。
それでもらちがあかない場合は
大きく後退して安全確保か
一歩前に出る
ですかね。
この時一番大切なのが
冷静であることです
相手に同調してしまい
必要以上に怯えたり、逆上しちゃ
相手の思うつぼですからね。
組手をしていると
この辺の駆け引きは上手くなります。
例えば、相手の足を蹴ったとします。
すると悔しいと思って感情的に
同じ技を出す相手はそれを利用され
次に裏をかかれてしまいます。
常に冷静に自分の動きと相手の反応を
感じながら技を組み立てるのですから
これがいざという時に活かせれば
他人からのマイナス感情も流したり
跳ね返したりできると僕は思っています。
なので、昇段審査の10連続の組手の
経験は何にも代え難い大きな財産に
なるんですよ。
だって世界中の人々の中で
一生のうちで何パーセントの人が
10回立て続けに戦う経験を
するのでしょうか。
ねぇ。
国もそう。
戦わないのが最善。
それは当たり前のこと。
その上で自国の人々を守り抜く
国力を養って欲しいっす🇯🇵
続く

