僕の窓は
私の窓は
割れていない!
と人に対してきちんと主張する為には
先ずはその言葉を自分に対して
言えなくてはならないっすね。
中野信子さんがおっしゃっていることは
本当に共感します。
子ども達も大きくなるにつれ
悩みの内容も複雑化していきますが
その中でまるで心のリストカットを
するかのように、自ら自暴自棄に
なったり、他者に自分の心を
傷つけさせるようと無意識に仕向ける
なんて事をしていたり
自分の心の窓を自らが割り
さぁ、荒らしてくれ!
とやる子がいます。
お勉強クラスや家庭教師時代に
そんな子ども達の話を
聴かせてもらいながら
何とかならぬものかと
あの手この手を尽くしてみるも
結局は、テクニックを使おうとしたり
分かってあげているつもりになった
だけで、その場凌ぎの止血にもならず
彼らの心から流れる血は一向に止めら
れないという痛い経験があります。
何で伝わらないんだと
イライラするも
彼らから言わせれば
『お前のため』は『大人達の都合』
でしかなく、文字通り万策が尽きた
自分にはできることが無くなって
しまいました。
なんて無力でなんて非力な
おっさんなんだよと
絶望感に襲われたりもしましたが
そんな感情すら無意味でしかなく
むしろ要らないことを自分は
学んでいた事を思い出しました。
武道の修行時代、まだ色帯だった頃
体格も経験も圧倒的に勝る黒帯の先輩
に挑むも小手先の技は一切通用せずに
どんどん攻められ、もはや自分に
できることが無くなり追い詰められた
自分は何をしたと思います?
体当たりっす。
🤣
結局はこの肉体と精神が経験したこと
しか出せないことを教わってたん
ですよね。
痛いとかやめてとか
オレは弱いとか
考えたところで組手は終わらない。
そうだ、これしかねぇ!と
ぶちかましたわけですが
この身も蓋もない行動に
先輩はあれには焦った
いい発想だと言ってくれました。
これは幼少期からのその時まで
の経験から出たもので計算も無く
残されたのはこれしか無いと
捨て身で出した閃きだったのですが
しょせん人なんてのは経験だけ。
というか、経験から出たものでしか
発することはできないという
確かな経験を得たんすよね。
ああ、自分はですよ。
それと子ども達との事が重なって
おうおう!てやんでー!
ここまで来たら最後まで付き合うが
こっから先は俺の経験から抽出された
言葉と行動しか出ね〜からな!
という開き直りが幸いし
それからは
一応の心の応急処置くらいは
できるくらいにはなったのかも。
いったん、止血ができたなら彼らも
少し落ち着いて自分が見れるので
この先、どうしたいかは
自分で選んで他人のせいにせず
進みなさいよ、あなたね、
自分で決めなきゃいつまで
同じ事の繰り返しなのよって
何でこんな言葉使ってんすかね?🤭
まあ、体当たりするっすよ。
おかげで長い付き合いになった子達も
いますね。
ただし、心の深いところが
癒されていない子達ってのは
そんな魔法のように
チョチョイのチョイってな具合で
本当の自分を取り戻せるはずもなく
それこそ、経験から得られる
自分への信頼を手にするまで時間が
必要な場合も多いのが現実。
生きにくい子達の多いこと。
何とかならんのですかね。
割れ窓理論から話が膨らみましたが
心の窓は他人は本当は割れないよって
話をしたかったのに
違う感じになっちゃってる。
え〜となんとかごまかしたい。
え〜と、え〜と、
組手最高👊💦
そして子ども達はいつも
大切なことを教えてくれます。
真実はいつも愛の中に🕶️✨キラン



