時代はデジタル・ディバイトをかまってくれないということを日本人は自覚すべきかも | 仙台城 謎の覆面ガイド「すこっち」のブログ

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平日はフツーの会社員、しかし週末は伊達政宗の居城「仙台城」にてボランティアガイドを務める謎の男、「すこっち」。
ウィスキー好きで名付けたハンドルネームで、ジャンルを問わず、縦横無尽にブログで語り尽くします。

あなたも「すこっち」に酔いしれてみませんか?

どうも、すこっちです。(^o^)

 

みなさんは「デジタル・ディバイト」という言葉をご存知だろうか?

 

これね、アタシも通っている大学の授業でも繰り返し出てくるんですが、ようはデジタル・ディバイドとは、情報通信技術(IT)(特にインターネット)をバンバン使えて、いろんな情報やら特典やらメリットを享受できる人と、まるっきりITに疎くて使いこなせないために、メリットを享受できない人の間に生じる経済格差や情報格差のことなのです。

 

でね、肝心なのはここからで、今まで日本という国はそういう一部の落伍者を救済する余地を必ず残してきた。いわゆる「例外」というなの非効率。結局一部の使えない人のために、緩和措置と称して紙申請を残したり、経過措置と称して期限を延長したり、レガシィな部分をぶった斬るようなことはしてこなかった。

 

おそらくあれでしょ、高齢者は選挙の時のいい票田な分けですから、その人達の機嫌を損ねてしまったら、自分たちの首が危うくなる。

 

そのために、システムや仕組みを並行して維持し続けるという弊害が生じ、余計な人件費やコストが掛かりまくる。ということは=無駄に税金が使われ続けるということにほかならない。

 

ちょうどウチの会社でも経理のシステムが新システムに移行したんですが、真摯に前向きに取り組もうとする方々の一方で、「◯◯ちゃん、これ処理頼むね!」的な女性社員に領収書を渡すだけで事が足りていた一部の昭和的な上層部連中が自分のことは自分でやる決まりになって、血相を変え出した。説明会を開いたり、動画視聴を進めたりと布教活動には散々骨を折ってきたと言うのに、「なにをいまさら」という感じである。

 

この前ラジオで聞いた話なのですが、欧米などではいついつからシステムが切り替わり、その日以降は新システムでしか手続きが出来なくなりますよ!と言えば、みながそれに従い、救いの手なんてものは微塵もない。誰しもがその手続が出来ないと自分が困るから、老若男女もIT音痴な人も必死になって、その操作方法を学ぶんだそうです。

 

到着と出発がほとんど狂うことなく飛行機や電車が往来し、落とした財布が届けられている。

街中にはコンビニに自動販売機にATMがあり、キャッシュで買い物が出来て、万札を使ってもちゃんとお釣りが返ってくる。まさに至れり尽くせりの過保護な国、ニッポン。

 

よその国はよその国、うちの国はうちの国と開き直ってしまえばそれまでですが、どこかで島国根性をアップデートしていかないと、本当にヤバいことになるかもしれない。

 

デジタル難民というのは、必ずしも取り組んだ側に配慮が足りないことから生まれるわけではなくて、自らが覚えようという意志、意欲を放棄したことから生まれるものなのではないだろうか?

 

「案ずるより産むが易し」、「習うより慣れろ」ということわざがすべてを物語っているように思えてならない、今日このごろです。