今日、12月8日は何の日でしょう? | 仙台城 謎の覆面ガイド「すこっち」のブログ

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平日はフツーの会社員、しかし週末は伊達政宗の居城「仙台城」にてボランティアガイドを務める謎の男、「すこっち」。
ウィスキー好きで名付けたハンドルネームで、ジャンルを問わず、縦横無尽にブログで語り尽くします。

あなたも「すこっち」に酔いしれてみませんか?

どうも、すこっちです。(^^ゞ

 

さて、今日は何の日と聞かれて、みなさんは何と答えますか?

 

ちなみに、そういうサイトで調べてみますと、こんだけあります。

 

針供養
日刊新聞創刊日
ジュニアシェフの日
有機農業の日
アルバムセラピーの日
信州地酒で乾杯の日
歯ブラシ交換デー
ホールケーキの日
生パスタの日
 

針供養はなんとなく分かりますが、ジュニアシェフの日っていったい、、、。

そして、アルバムテラピーってなに?昔の写真を見て懐かしむ的なヤツ

信州の人は勝手に乾杯しちゃってください、バラクーダかって。

ホールケーキのドストライクはクリスマスイブだろー。

生パスタいいよね~、乾燥麺多いから。

 

とまあ、落語で言うところの枕が長くなってしまいましたが、じゃあみなさんが思っている12/8を

すこっちと声を合わせて言っちゃうとしますかね。

 

せえーの!

 

宇宙戦艦ヤマトが地球に帰還した日」
2199年12月8日

 

ついでに言うと、「沖田十三艦長の誕生日」

2141年12月8日

 

あれっ、みなさん違いましたか?

 

ごめん、ごめん、これはちょっとしたご愛敬です。m(_ _)m

 

そう、「太平洋戦争開戦、真珠湾攻撃の日」ですね。

 

まぁ、上の二つは偶然の一致なのか、制作サイドの諸事情なのか諸説あるようですが、、。(-_-;)

 

でも、めでたくヤマトは無事にイスカンダルからコスモリバースを持ち帰って来て、放射能に汚染された地球が元に戻って、めでたし、めでたし。残念ながら、沖田艦長は逝ってしまいましたが。

 

国力に圧倒的な差があるのに、今までやって来たことが無駄になるからという「コンコルド効果」

コンコルド効果をご存じでしょうか? | 仙台城 謎の覆面ガイド「すこっち」のブログ (ameblo.jp)

 

にまんまとハマって、石油がストップされてしまうからとプッツンして修羅の道へと足を踏み入れてしまった太平洋戦争の悪夢。

 

これのために、どれだけの日本国民が地獄を見たんだろう。尊い命が海の藻屑になったんだろう、見ず知らずのジャングルで土に帰っていったんだろう。どれだけの家庭に赤い紙切れ一枚が送られてきて、したくもない万歳をして、肉親を送り出して、親兄弟は骨壺一つになって変わり果てた姿に、涙ながらに「お帰りなさい」を言ったんだろう。

 

そんな地獄の一丁目に、今日は一歩を踏み出した日。そう認識した方がいいですね。

 

誰を憎んだらいいのでしょう?日本政府?東条英機?昭和天皇?

 

突き詰めて考えてみるとね、植民地政策も世界大戦と呼ばれる世界を巻き込んだ戦争も、元はと言えばヨーロッパのアングロサクソン人たちが仕掛けたものなんだよね。

 

ご存じない方のために、説明しよう。(富山敬ばりで)

 

植民地支配が始まったのは、16世紀にスペインとポルトガルが新大陸へ進出したことがきっかけなのです。当時、両国は「金銀財宝を増やすことで国を強くしよう」と考えていました。この政策を「重商主義」といいます。

国外進出にあたって両国は、現地の人々の意見は全く無視して、勝手に互いの進出範囲を決めてしまいました。1494年に、スペインとポルトガルの間で結ばれたこの約束事が「トルデシーリャス条約」といいます、酷い話です。

この条約にのっとって、スペインはアメリカ新大陸へ、ポルトガルはアフリカ・インド・東南アジアへと進出して行く分けなんです。

 

17世紀に入ると、一歩遅れて国外進出に乗り出したのがオランダ・イギリス・フランス。植民地支配の列強国として台頭し始めました。この頃から、自国の植民地を広げようとする各国の争いが激化していったのです

 

植民地からの豊富な原料供給地と市場を得たことこそ、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった「イギリス産業革命」の大きな要因となったのです。

 

日本も右に習えで、日清・日露戦争を機に植民地のまねっこをスタートします。

 

中国も韓国もここまではある意味、被害者です。

 

そうして、第一次世界大戦が勃発します。

 

第1次大戦が初めての世界大戦になるほどの大規模な戦争になってしまった理由は、軍事の拡大にありました。画期的だったのは、エンジンの燃料が石炭から石油になったこと。1867年にドイツのオットーという人が石油燃料のエンジンを開発して、次世代のエネルギーとして石油が一躍脚光を浴びることになった。

 

世界中のお金に目がくらんだ連中が目の色を変えて油田を探す中、1900年頃にイラクで多くの油田が見つかります。ビッグビジネスを自分が仕切りたいと世界中の視線が集まり、早速ドイツがイラクの石油開発に名乗りを上げた。追っかけイギリス、オランダも続き、共同で出資する多国籍資本の石油会社が設立されることとなる。

 

こうした流れの中で石油燃料のお陰で、パワーとスピードが格段にアップした兵器も立派な軍需産業へと進化し、大戦のきっかけはともかく、気の合った国同士で協力して、相手をなぎ倒して、「油田も植民地もぶんどろうぜ!」作戦が現実のものとなります、それが第一次世界大戦。

 

ドイツがイタリアがフランスがイギリスがと先陣を切ったのが誰かとか、そんなことはどーだっていいんです。要はてめえらヨーロッパ人同志の喧嘩はヨーロッパ人同志で自分らの島だけでやっとれば、良かったんじゃーい。アジアも南アメリカもアフリカも巻き込むなっていうんだよ。それまで平和だったんだからさぁ。アメリカ合衆国だって所詮は、イギリス人が北米大陸に移って先住民族を追いやってる分けですから、やってることはなんにも変わんない。(>_<)

 

元はと言えば、ペリーが来なかったら、今頃アタシたちもちょんまげ結ってたのであります。

 

そう考えると、ちょんまげ結って「すこっち左衛門」の方が良かったのか?

 

多くの尊い命を犠牲にして、その屍を土台にして成立している今の世の中が幸せなのか?

 

でも、明らかに言えることはWindowsにしても、GAFAにしても、時代を常に引っ張ってイノベーションを

お越し続けているのは、アングロサクソンの連中であることは紛れもない事実。

(やっぱ、あいつらのポテンシャルには叶わないのか)

 

そんな複雑なことを考えさせられる12月8日なんですよ、今日という日は。

 

さて、みなさんは平和な江戸時代が良かったですか?それとも、、、。やっぱ、現代かな。(-_-;)