どうして日本の授業や講習は学校形式になってしまうのか? | 仙台城 謎の覆面ガイド「すこっち」のブログ

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平日はフツーの会社員、しかし週末は伊達政宗の居城「仙台城」にてボランティアガイドを務める謎の男、「すこっち」。
ウィスキー好きで名付けたハンドルネームで、ジャンルを問わず、縦横無尽にブログで語り尽くします。

あなたも「すこっち」に酔いしれてみませんか?

学校でも会社でも授業や講習というのは当然ついて回る。

 

まあ、学生の身分としては受け入れざるを得ない、わけであるが、

会社勤めをする身としては、かなりの苦痛の時間。(-_-;)

 

振り返ってみると、私のガイド活動の講習の時もそうだった。

前に講師がいて、生徒が学校形式で並んだ机に座って講義を受ける。

 

しかし、これほど一般的には型にハマった形式でありながら、

これほど退屈で効果が得られるように感じられない「型」も珍しい。

(たぶん、皆さんが感じていることだと思うんだけど、、、。)

 

もちろん、講師の話し方や話す内容にもよるのだが、

次の点を工夫するだけでもずいぶんと違うものになると思う。

 

1.机の配置を変える。

 例えば、カタカタの「ロ」の字にして講師と受講者の目線を一緒にする。

 これだけでも、質問がしやすくなるはずである。

 

2.話す、伝えるということに意識を集中する。

 確かに話す内容は大事。だけど、もっと大事なことはきちんと伝えたいことを

 確実に相手に伝えるということ。それには、単なる自己流だけでは駄目。

 話すテンポやイントネーション、表情、しぐさなどして、メリハリ・抑揚をつけるのが

 効果的である。 また、話初めの導入部分、落語で言う「枕」つかみは大事なポイント。

 

3.聞いている人の身になる。

 実はこれが、一番重要視すべきことかもしれない。

 人間は興味の無いことには飽きっぽい。興味のあることでも、集中力には

 もちろん限界がある。それを、きちんと踏まえたうえで人前で話をしなければ

 たちまち「睡眠愚スクール」のスタートである。

 

ようは、創意工夫なのだ。自分が聞く側の身を想像すれば分かること。

 

かくいう私もガイドをする時は、「お客様を退屈させない語り」を心掛けている。

お客様が退屈そうになったら、場所を変え、話を変える、ようにしている。

 

常識や定石にこだわりすぎると、いつの間にか自分が空気の読めない

非常識者になっていたりする。

 

常に謙虚な心で、「魚心あれば水心」で生きたいと思う今日この頃です。!(^^)!