家族葬も無事終わった

親戚もそれぞれの生活へと戻っていった

 

 

夜病院から電話が入り、

 

息をしていません

こちらにはいつ頃来られますか?と言われ、

 

20分くらいで、病室に駆け付けた。

 

 

 

初めて入る個室の病室・・・ソファの上は物置となり、倉庫のようだ

             差し入れした写真や手紙はどこなんだろう

 

大部屋では、大きな声を出したりすると迷惑になると言われ、

個室になったが、物置の中でねていたのか?

 

 

横たわっている父は、

寝ているようだが、

すでに死んでいるそうだ

 

私が書いた誓約書で、

延命処置は不要としたから・・・

 

心臓マッサージも電気ショックも

何もされなかったという

 

 

思わず父に心臓マッサージをしたら、

母がお父さんが壊れると言い出して

止めた

 

 

父に触ると、

まだ温かい、生きているとしか思えないのに

 

 

母がお父さん、お父さんと何度も声をかけても

やっぱり起きてくれない

 

お父さんの足、

あったかいよ、まだあったかいよって、母がさすっている

 

 

 

お昼に主治医から電話があり、

CK値も正常になり、退院できそうな感じまで回復

 

歩けない状態のままであるけれど、

尿感染症が落ちついたら、

 

来週くらいには退院できそうな、明るい状態だった。

 

 

なのに、その夜

父のパジャマの右肩周辺は、黒く吐しゃ物で汚れた状態なっており、

布団にも黒い塊のような跡が残っていて、

 

かなり吐いたようだ

 

 

なぜ、なぜ、なぜ

 

 

死因は不明なので、

解剖するかと聞かれた・・・今更生き返りはしない

 

 

延命措置をやってほしいとサインしていたら、

父は今も生きていただろうか?

 

 

ひとりぼっちで

大好きな我が家でないところで

 

こんなことになってしまうなんて・・・ごめんなさい

 

 

 

元気でかえってくと信じていたから、

 

電動ベッドなどの準備をして

壊れたメガネと同じ度数で、よく似たフレームのメガネを注文して

待っていた矢先だった

 

 

逢えないけれど、毎日受付までは逢いに行って、

家族写真や

母の手書きのお手紙を渡してもらったりしていた

 

亡くなる前日には、

ナースが電話越しに、父と母が会話できるようにしてくれて

 

お父さん、早く帰って来てねって言ったら、

うをーみたいな声出して返事してくれたんやって

 

今朝話していたのに・・・私は話せてないよ!!

 

 

 

私は父に伝えておきたいことがあった

介護で怒ってばっかで

言葉でいっぱい傷つけて・・・ほんとバカだ

 

本当に大切なひとだったこと

尊敬していたこと

感謝していること

お話して、手をつないで、お出かけしたかったこと

 

いっぱい謝って、そして、許して欲しかった

 

 

言葉にしないと、気持ちや思いは伝わらない

 

その時にきちんと伝えなかったから

こんなに後悔しかないのだ

 

 

お父さん、ごめんなさい