手指の爪が見えるだけの手指からひじまで

がっつり固定となってしまった母

 

右手が使えてよかったねって

みんなに言われて

苦笑いしかできなかった

 

茶碗も皿もまず持てない

だから、テーブルの方に顔を近づけて食べればよい

テーブル高めにしないと・・・本を重ねて台を作った

めっちゃ体や首を曲げないと・・・苦しい姿勢が続く

 

でも、お皿や茶わんが動くのだ

なので、すくえない、すくえてもちょっとだけで・・・

 

重い深めの鉢のような容器に入れることにした

 

それでも、口まで運ぶのにこぼしてしまう方が多かった

 

ヨーグルトやプリンのふたも外せなかった

紙パックのストローも同じくとれなかった

容器の固定ができないからだ

 

また中身がまだあるのに、最後まですくえない

だから、ある程度少なくなったら、

わたしがすくってあげて お口に入れてあげることになった

 

一生懸命、一人でできるように頑張って食べようとする姿に

なんか涙腺が緩んでしまいがちだった


母はいつもお世話をおかけして

ほんとにすみません

ありがとうございます

とお礼を言ってくれたのだけれど

 

その言葉を聞くと

涙が出てきそうになってしまって

ぐっと我慢して、ちゃかした

 

 

そんな食事風景も慣れていくと

たくさんすくえた!とか、

こぼして床に落っこちて、苦笑いしたりとか、

それなりに楽しく、笑いながらの食事だった・・・掃除は増えたけど

 

 

2階にキッチンと居間があるのだが

1階に母のベッドを移動したこともあり

すべての食事をトレイで数回に分けて運び

一緒に食事をした

 

何か手伝いたい母は、

階段の下で申し訳なさそうに待っていることもあり、

 

私がなかなか降りてこないと

右にある手すりを右手で持ちながら

2階に上がってこようとすることもあり、

  ・・・降りるときは左手で手すりを持てないから危ないのに

高速で何回も階段を往復して

母が待ちくたびれて登ってこないように

頑張った・・万歩計で一日1万歩は軽く制覇した

 

こんな生活がギブスが外れるまで続くんだと思うと

かなりキツイと思った

 

整形外科の先生が

仕事もなく料理もしないのであれば

2か月かかっても問題ないでしょうって

お話しされたのだけれど

 

いやいや

そのために介護する側は、

不眠不休に近い生活を送り

食事のたびに階段昇降を繰り返し、

トイレのたびにお付き合いして上げ下げをし・・・

 

私は思う

年齢に関係なく、

安全に早く治せるなら

そちらを選択するべきだ

 

人は片手が使えなかったら

いろいろなことで助けてもらわないと

なにも最後までできないのだ、食事も着替えもトイレも・・・

 

若い男の先生だったから

介護の実態や家事全般のこと、

あんまり知らないのかもしれない

 

いや、私も介護をしだして、わかったことがたくさんある

 

やってみて、その奥深い介護の実態を理解してきただけなのだ