朝 実家に行くことに

変化は何もないけれど

 

母と二人きりになってしまったことはさみしい

 

何も作る気がしないのは

母も同様で

 

コーヒーと菓子パンとかで済ませてしまう

 

 

 

寝ているだけで、

ご飯といってもなかなか起きてくれなくて、

ふたりで大きな声で起こしていたのが 懐かしい

 

わいわい がやがや 

文句言って、怒らせて、

のど詰まりかけたり

むせたり

こぼしたり

 

本当に忙しかった

 

 

 

朝ご飯もいらない、寝ていたいと言い出したころから

かなりしんどかったのだろうか

 

病院が、医師が、とにかく嫌いだった

 

大丈夫としか言ってくれなくて

緊急入院も嫌がった

 

 

家がこんなに好きで、

一人が本当に嫌いで

母さんといつも一緒にいたかった 父

 

 

あの時、自宅のままだったら

我が家で、母さんのそばで

家族のいる中で

亡くなれたのかもしれない・・・

 

 

でも、生きて元気になって退院すると

あの時は確信していたから

 

私は病院の治療を勧めた、決めた・・・良かったのか?

 

 

 

父の遺影の服は

私がお家用に購入したフリースのジャケットだ

 

青が似合うので、くすんだブルーの、軽くて安いものだ

 

母にも同じフリースのワイン色を購入した

 

 

 

お土居に行った日は、とても寒かったのに

父はそのフリースを着ていた

 

寒くないのって聞いたら、

大丈夫という・・・けど絶対寒いに決まってる

 

背中や腕をさすってあげて、

襟元を上まで上げた・・・首を温めるとあったかいから

 

どうって聞くと

あったかいなあって・・・やっぱり寒いんだ

 

 

お家に中で着てねっていっても、

なぜか着てくれなかった

嫌いなのかなあって思っていた

 

 

でもそうじゃなかった

大切にしていたから

お出かけの時にしか着てくれなかったのだ・・・ありがとう

 

 

思い出のフリースを首元まであげて

にっこり笑っている父の笑顔が仏壇に飾られている

 

 

あの時の

ふたりだけの思い出、会話もなでなでも・・・

 

私の記憶が消えてしまう前に

残しておこうと思う