diary of trial and error (new title) -4ページ目

diary of trial and error (new title)

熱中していることを調べ書いております。(無収入で中立のブログです)。耐乏生活、直近の問題を文章で考えながら書いております。うつ気味の時はやる気なく更新が滞ります。イイネいただければ元気いただけます。(アメンバー専用(ア)のマークのは下書き未公開です

小菊をみながら、うちの庭には多分、白と黄色と2種類だとばっかり思ってました。

今日、カメラを手に見て回ると、花の色や花びらで、何種類かありそうでした。

(まったくのド素人で、まちがいがあったらすいません。ご指摘ください)

 

今の時期、まだ蜂が活動しています。。

 

 

 

 

一株だけ、花びらの縁が少し色が濃いのがあり。

 

 

 

これは西側の塀の柵から顔を出したのです。

 

 

 

外に出ようと思ったら柵の隙間から何か白い顔が見えて・・・

どうも白いのでも花びらの多い感じのが陰にありそう・・・ 

 

どうも、この秋では、全部は確認できそうにないです。。

菊の世話を少ししないとと思ってますが、花の時期以外、目立たなくて、おろそかになります。

葉の形はほとんど同じ感じなので、写真を撮っておいて。花の色と、株を確認しておこうと。

 

 (いつだったか、春頃に、小菊を、裏のおばちゃんにヨモギと間違えられました・・・。

  「葉の形がヨモギじゃなく菊だよ」と言うのに・・ ヨモギだと・・)

 

 

 

 
 
今朝8時の庭。東側です。
逆光で、、 iPhone SEですが、こんな感じに写りました(逆光でレンズのゴースト)。

 

 

 

 

3時間半後、午前11時半 庭にできる影が日時計のようになっていて。

 

 

 

 

 

 

昨年の春頃に、白っぽい砂利を集めて帯をつくって模様をつけることを思い立ち、

そんならホームセンターで白い石とか黒い石を買ってきて撒けばいいんだけど、

そうすると思ったようにならず失敗だったら元にもどせない。

だから、できれば既にある砂利を砂利の種類で分けて、ベルトで模様をつくろう。

失敗したらダメだったら混ぜれば元に戻せると・・ (自分に自信がないからです)。

 

 花崗岩の風化したの(錆真砂というんでしょうか?)を

 集めては並べて行ったら好い感じの模様になって、浜のような感じで。

 それで次は、白い丸い小さな石で帯をつくることを思い立ち、右から初めて

 徐々に延長、帯をつくってみたのはいいけど、帯の終点(写真の中央)がどうしても

 納得できず。 まだまだ工事中です。 左側の水がたまる低い所(今年、花菖蒲を植えた)。

 ここも、昨年の冬頃から掘ってみたり・・いろいろ 

  (庭って、どこかに水がたまるようにできてるようで、

 

さて、そんなことはどうでもよくって、

前の記事で、

 ● 3m先に綺麗な砂利があっても気がつかない、近づいて足元に来て、こりゃ綺麗な石だと

   わかる。 (→人間って先は見えん。足元だけだ)。。

なんて書きましたが、、作業しながら、逆のことをしているなーと思います。

 

小砂利を集めならべて模様を描いたり、波の感じをつくろうとしてみたり何度も何度もしているんだけど、、 

好い感じの模様にしたいと願い、白っぽい小砂利石2~3個を移動してみる、 

これでどう変わったかなーと思う、

(近くでは分からないから)2~3m離れて、遠目でみる。

その繰り返しを一日に何度もしてます。(笑われそうですが)。。

 

近づいて、砂利を動かす

こここうしたらどう変わるかなと、小砂利を少し動かす、離れて見る、、しかし、納得がいかない。

この作業、小砂利・小石を配置変えてみる→離れてどんな感じか見る→こうしてみたらとまた近づいて小砂利の配置を変える→振り出し。

これを5回や6回くりかえして、納得いかないんで、もう投げちゃう。 →あきらめる。。 明日にしようと思う。

 

何週間か後とかに(どこかで何かの模様をみて閃くのか?)

 「こここうしてみたらどうかな」なんて思いつく、でまたやってみる。の繰り返し。

 

気が付けば 1年半近くやってる。

 1日に、数回、近づく・砂利を移動→離れて見る を何回か繰り返す。

 投げた気分のときは、半月くらい見たくない。

 

油絵ってやったことはないけど、油絵で筆で塗り重ねるような・・ 感じでもあり、

石を彫って彫刻の感じもするし。

 

 じゃあ、自分が納得のいくイメージの元はなんだろう?と思うに

 過去に見た海の波の記憶であったり・・ 自分の中にある何か思い出の景色なのか

 自分が安らぐ感じ?? 何かわからないん なんだけど、謎。

 

 近くじゃないと変えられない、離れて見ないとわからない、、っていうのがあり

 まるで、「富士山は登るより遠くから見るのが良い」 って感じ。

 

優雅なものだと笑われるかもしれないけど

庭の作業して、縁側でタバコを吹かして、お茶飲みながら庭を楽しむなんて全くないです。

 (日曜画家を笑う人はいないでしょう、、

 

  庭をみると、どうも気になるところがある、わざと目をそむける、

  草が気になるなら、少し草をとってみる・・ ほとんど作業。。。

 

  作業して、好くなったか、あんまり好くなってないか 悪くなったか、、は、

  作業の足元ではなく、離れてみるしかない。

  だから離れて見て、また近づき手を入れて

  また離れて見て、の繰り返し。

 

 

 

 やってみて、思うに、日本庭園はこういう流儀で、これが伝統的だ、これが決まりだ、

 なんてない!! じぶんの納得いくようにすればいいんじゃないかと。。

 

  この種の木は縁起が悪いから庭に植えるななんて無し!(よく書いてあるけど理由なし!)

  植えない方が好いのはそれは合理的な理由があるから、

  とても大きくなり過ぎ根がはりすぎるからとか、

   虫が湧きやすいからとか(消毒しきれない)、落葉がすごいので

  手が入れ切らないから・・ 合理的な理由で植えない方がいい。。そう思いました。

 

  敷地がかぎられた庭、、坪庭も、こころ安らぐ感じはうまれると信じます。広くなくてもいい。


午後2時半




 

昨年か、大学時代からの理系で技術情報関係の仕事をしてる友人と携帯していて、

携帯通話で、「じぶんは、〇〇病っていわれてる、精神病なんだ」と言ったら、

「DNAのどこかに損傷がある、損傷だから一生なおらない」と言われた。

「ADHDとか、何かの依存症も、、遺伝的な損傷、DNAのどこかに傷があるからで、一生なおらない。」と言われた。

                   The Disordered Mind: What Unusual Brains Tell Us About Ourselves を書いた

                   Kandel の Princeples of Neural Science を読んでのことらしいが・・・  

 

どうもこれが違うなーと気づいたのは、

今年、8月、田舎の家の前の公道を清掃していて、(2日間で数10メートルの草とりした後で)

あれ?若い頃、これと同じことやったナー。 同じことした ・・・ 

大学時代に学園祭の後片付けを、キャンパスの中庭を竹ぼうきで一人で掃いてたのを思い出した。

えー、20代の頃って、今とぜんぜん性格ちがって、めっちゃ元気で明るかっよなー と。。

 

 就職して間もない頃は、夏なんか、女子社員と合同でに海で合宿したんだったー

 めっちゃ飲み会おおかったり・・・ (なんだ?あの頃の明るさは??)

 

 大体、就職するまで、タバコ吸うことなかった。。。吸うとも思ってなかった

   (22才のとき、塾の講師してた。 陰で、生徒がタバコ吸ってて、「1本吸ってみな」といわれ

   生徒が「先生、肺までいれなきゃー」とか笑われたが、吸う気にならなかっんだった)

 

就職して、1年とかたった頃、タバコ吸おうと思って、テンダーというタバコ 0.5mg にフィルター

付けて吸い始めたんだった。。

 

 何が変った? → やっぱ 仕事だ 職場だなーと・・・

 だんだん暗くなっていったんだった、 (まあ、負けたんだよな)

 

更に、頭がおかしくなったのって、研究所に入所して数年後だった・・・

 

  Google で 「研究職の精神病」 とか、「研究職は精神病が多い」て引くと、

  まあまあヒットする。 (大学の博士課程での話が多いようですが)。。

 

 研究体制とか、組織とか、完全につぶされて、おかしくなったんだ。ガラッとかわった。 

 

  なんていうか、自殺する人はうつ病だからとかいうけど、、

  それは病気、、基質的な、DNAの損傷、、細胞の異常みたいにいうけど、、

  その別の面に、 俺はこんなことやりたい、、って正当な志があって、

  それを、許容しない、抑え込もう、つぶす方向の社会があって・・・ 

 

性格も変わるし。 明るい性格が、うつの性格にもなるんだなと・・・

 

公道の清掃から、 この40数年を振り返り思ったわけです。

 


 


 

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読売新聞オンライン

トップ>教育・受験・就活>教育>ニュース
博士号取得者、3割増で「年2万人」へ…文科省有識者会議が研究力向上に向け数値目標
2025/11/14 11:59

文部科学省の「『科学の再興』に関する有識者会議」は13日、研究力の向上に向けて、2030年度末までに博士号取得者数を現状の約3割増となる年間2万人とするなどの数値目標を盛り込んだ提言をまとめた。

 

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理系でも博士も就職なかなかだし。任期付きは多いし、くるしい。やってられん。

理系の工学部とかIT関係とか生命科学だけ念頭に置いてるんだろうか?>?


文学部・教育学部の博士は厳しい。

 

 

 

 

30才になってしばらくした頃、研究の焦りがあり、ひどい心の病気が起きてしまい、

付き合いながら、30年以上たちました。

これまで転勤や転職などがありで、何人ものお医者さんにお世話になりましたが、

いろんな先生、熱心に話を聞いてくださったです。

 
カウンセリングというのは聞くだけ、話をさせるだけで、カウンセリングする人は
意見を述べないというように聞いてたようですが、
これまで、よいお医者さんって、生活を心配してくださり、意見をハッキリ言ってもらえます。
その意見が後々、なるほどーと思うことが多い。
 

35年くらい前、2つの病院で余り薬が合わず、

3つめの病院で、薬の方向を決めた偉い先生があって、(そのころ既に年配に見えたけど今の私の年代)、 同じ大学を出られた先生で。もうお亡くなりになったようです。

 

なんか、ある日、診察うけてて、「君はこんな音楽聞きなさい!」と言われて、

診察室にある電子オルガンを演奏され、聴かされるんだけど、

どうも好みじゃなくて、無駄口たたいてたら、ガツーンと怒られた!

  そして、「こんなのを聞きなさい!(怒)」と1枚のCDを渡され、頂戴した。

  電子オルガン演奏や、CDくれたお医者さんなんて他にいない。 

 

 ここんとこ、家の前の道の清掃をしながら、

 あーあの先生は、農学部を出たあとで医学部行ったんだよなー

 とか思いだし。何か妙に懐かしくて、、

 

 頂戴した 1枚のCD を 探し出しました。

 Violin Concertos 

  PAGANINI - No.1  

  Lalo: Symphonie espagnole

って書いてある。 


このCD いただいた後に何度か聴きかけたんですが、最初の妙に明るいのがピンとこず。

抑揚が大げさっぽくって。

 

ところが、パガニーニでYouTube を見て、

   (YouTubeの、このお嬢さんは可愛らしくて滑舌で、は、、横に置いといて、、)・・

 

 

この動画をみて、パガニーニは、すごい人だったんだなーと・・ 

さらに、

 

あの、ラ・カンパネラのもとが、どうもパガニーニ 大練習曲集 III(3曲目)。。

 

 

パガニーニをすすめられたのは、その頃モーツアルトばっかり聴いてて、

1枚のCDを何度も聞きすぎて。

その後、転向して、

ネイティブアメリカン(?)インディアンの音楽とか、モンゴルの歌とか、

東南アジアの出張先で仕事していて急に頭が変になっちゃったので、

そこのホテルのロビーで、現地の太鼓の演奏を聴いてて、こりゃいいなーと。

民俗音楽に凝ったんですが・・ 現地の事務所の方にお金を預けて、CD送ってもらいましたが、

やっぱりホテルで聴いたのがすごかった。

 

 (やっぱり、人により、目の人と、耳の人といるようにも思うんですが・・・)

 

そんなことはどうでもよくって、、、

日本では、心の病気のことを 精神病というけど、何で「神」が関係するんか?

 

精神というのは、英語では、

 精神
 spirit, mind, soul, heart, intention 

 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』とか、いうので、

 精神というのは、 spirit だろう。真髄だ。アメリカンスピリットとか、だろう。

 

心の病気は、ゴースト・魂みたいな精神ではなくって、

mind mental 心の問題。

だから、メンタル・ディジーズ mental disease なわけで。

  「メンタル・ディジーズ」とは、
  精神的な疾患や精神的な問題を指す英語で、日本語では「精神疾患」や「精神病」と訳されます。

  これには、統合失調症や不安障害、うつ病など、精神機能に影響を及ぼす様々な病気や状態が含まれます

 

心の病気を、精神とするから、危ないとか、危険とか、救いようがないって日本人は信じる。

もっと表層的、物質的な、現象的な、メンタルの病気なんじゃないかと思うんです。

 

精神が病気ってことは、精(中心的な混じりけのない)「神に近い所が、病気ってことになっちゃう。

「精神疾患」にどうして「神」が関係してくるんか?

 脳も神経線維を通る一種の電気信号の流れや、神経細胞の電気的興奮や、

 神経細胞のシナプスの化学伝達物質、シナプスの前の抑制や促進による化学伝達物質。

 イオンチャンネルなどの総合。

 

考えてみると、神経に「神」をつけた「杉田玄白」大先生の訳を、ずっと使っている。。わけです。

 

AI による概要
「神経」という言葉は、
杉田玄白が『解体新書』を翻訳する際に、神気と経脈を合わせて「神気経脈」から「神」と「経」をとり、「精神の経路」という意味で造語したことが由来です。 
 

由来: 杉田玄白が『解体新書』を訳した際に、「神気(精神)の経路」という意味を込めて造語しました。
    語源: 「神」は神気から、「経」は経脈から取られました。
    意味: 「精神の経路」という意味で、「神経」という言葉が誕生しました

 

 

【参考】

「spirit」の翻訳 名詞
精神
spirit, mind, soul, heart, intention

soul, spirit, ghost, anima, shadow, apparition
精霊
spirit, ghost, soul
元気
energy, vitality, spirit, vigor, pep, courage

mood, spirit
真髄
essence, spirit, pith, core, soul, essential
霊魂
soul, spirit

 

 

 

 

 

         

 

 フォローさせていただいているブログ、石とか砂利とか、小石 大事にしています。

 「石ころ人生~水石と共に~」 石上栽花さん

 「鉱物庭園」さん 

 

庭木の陰で砂利見つけて、庭の中心の良い所に持って行くと砂利が喜んでいるような気がして。砂利がひのき舞台に来させてもらって喜んでるような・・・

 

 子供の頃、小学生の頃、石集めしてたなーと。。いろいろ集めました。

 児童館の遠足で鉱物の先生と河原に行って集めていて、ちょっと大きめの石を見てもらったら、

 「これは流紋岩で、標本にするのにちょうど良い大きさだ」と大変ほめてもらって、

 大事に段ボール箱に入れてたですが、家の引っ越しなどあり、いつの間にか捨てられてました。

 

父が毎日みたいに手入れしていた庭には、小砂利がいろいろ敷いてあって、

子供の頃から、どうも気に入らない所がある と思っていて、造園屋の親方が「好きなようにしたらいい」と最初に言われたし。 昨年の初めから庭の手入れはじめて、とにかく自分の気に入るように砂利をアレンジしてます。

 

 

そんなことはどうでもいいんです、

 

大事なのは、小砂利を選別して、配置しながら、わかったことは、

● 3m先に綺麗な砂利があっても気がつかない、近づいて足元に来て、こりゃ綺麗な石だとわかる。 (→人間って先は見えん。足元だけだ)

 

● 金魚鉢の小石にしても、どんな砂利にしても敷いてあるのは大方1層、2層あるかないか、(とってもじゃないけど、小砂利5cm以上の深さとか大砂利10cmも重ねて敷いてない。ほんとうに土の上に一層で敷いてあるってわかる。 (→美人も皮一枚とかいうけど、ほんと「化粧砂利」だわ)

 

● 一層だから小砂利みんなに日が当たる、敷いてある砂利みんな日向ぼっこしてる。

   (土から拾った小さな小砂利を敷いてあるのに混ぜると一緒に日向ぼっこしてる)

 

● 雨の日が綺麗。 庭石も雨の日は綺麗。

   金魚鉢用の色石から特に綺麗なのを一か所に集めて置いてても、

   晴続きとかで表面が乾いていると、近づいてもぜんぜん綺麗と見えない。

   散水するか、雨の日に、綺麗だとわかる。

    (→映画/岡田某の「バックトゥザフューチャー」解説YouTubeでわかったけど、

      雨が降ってないのに地面を濡らすのは殺風景な場所でロケするとき映えるシーンにするための、

      映画業界のお約束的な工夫」だそうです。 雨が降ってなくても地面が濡れていると映える。。

 

● 夕方が綺麗。 夜、月の光が綺麗。

 

● ここはこの色で固めようと、作業すると、その色を探しまくる。

   足りるかなーと心配するくらい探す。いっそ、小砂利の通販会社に頼もうかと思うくらい・・・

   だけど、黒い砂利と白い砂利を手で分けるから白と黒がはっきりする、

    (黒白まざった碁石を分けるのと同じか)

 

● 大きめの砂利(駐車場の砂利)を配置しながら、掘るというか一層どかしていて、

   下から、少し大きめの山のガラガラ石が何個もあった。

  50年ぶりくらいに分かったことは、

  まず茶色い大きなガラガラ石を置いて、上に砂利を敷いて盛り上げたんだなーと・・・

 

〇 去年だったか、ある大きな古いお屋敷が解体されるのをみました。

  とても広い立派な庭だったのに、重機が入って3か月ほどで整地。
  (→「庭じまい」というんだそうですが、、、ひとつの風情が消えた。。

  庭の手入れしていると色んなものが見つかったり、雨水排水の穴から小さなヘビが顔出したり、

  生きものたちとヒトとの場で、庭は神さまみたいな。

 

いろいろ他所の家の庭をチラ見して、最近、多分外国産の(軟らかそうな)ややグレーがかった白い砂利を敷くのが流行っていますが、ネット見ると汚れがつくとかで、この白っぽい砂利はどうなるんかなーと思ってます。(何個も道で拾ってきては撒いてますが・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

 

(余談)

50年程昔、河川改修で家が移動したため、庭の南にお寺があり、庭からたくさんお墓が見えるし、家相的には南に墓地は悪いそうで、余り好かんかったですが。最近少し気を取り直し、

①人間いつも死は意識すべきだ。向こうに墓を見ながら庭を手入れするのが生きるってことだ。

②小津安二郎監督の「東京物語」の尾道の家の庭からお寺が見えるようだった。 

墓地も借景だと思うことにしてますが、大体お地蔵様の大きな石像が背中向けているのがどうも。

台座に大型モーターで回転することで本堂参拝者だけでなく、あまねく見守っていただきたいものと希望するが、それは観光と檀家のためだけなんで。(ここは昔は観光のお寺だったです)。 

 

 

 【複製】元原稿が長すぎて読めないので、やや省略しました。じぶんに必要なのはスリム化と、 

     えいやっ「ポチッツ」なのかなと・。。

   

    

 

咲きました。

 

                                   AI Micro-Nikkor 105mm f/2.8S 古いレンズです

           (ラ・フォンテーヌの寓話からオッフェンバックを知ってから、、、

「ホフマンの舟歌(Hoffmann Barcarolle)」は聞き覚えのある曲でした。

 

「バルカローレ」(barcarolle)はイタリアのヴェネツィアのゴンドラ漕ぎ手の曲調の意味らしく、いろんな作曲家のBarcarolle があるようです。

オッヘンバックのオペレッタのは歌が "Belle nuit, nuit d'amour ・・・"  なので、

'Belle nuit' Barcarolle =Beautiful Night 美しい夜の舟歌。。


10月頃からオッフェンバックのオペレッタ「ホフマン物語 Hoffmanns Erzählungen」 をYouTubeで休み休み観ました。

「ホフマン物語」には、いろんなバージョンがあって、演出でストーリーも微妙にちがうようですが、旧東ドイツのテレビ版(1970)を観ました。(短くしてあり、元の筋と違うようですが。コンパクトでストーリー展開が早くドラマとして見やすかったです)


オッフェンバックの「ホフマン物語」は、3つのお話し(悲恋)で構成されていて、

①ホフマンが、機械仕掛けの自動人形(オートマトン)の女性オリンピアに恋する(最後壊されてしまう)。

② ホフマンが、歌姫(胸を病み歌うことを禁止されてる)女性に恋する(歌を歌い過ぎて亡くなってしまう)。
③ イタリアのヴェネチアの歓楽の館で美しい高級娼婦で悪女のジュリエッタ(宝石とか欲が深い)(最後、ジュリエッタは間違って毒を入れられた飲み物で亡くなる= eternal justice だと)。

  →この一幕で『ホフマンの舟歌 (Hoffmann Barcarolle)』 が歌われるのでした。

         Ô nuit d'amour. Souris à nos ivresses. 

           Nuit plus douce que le jour. 

            Ô belle nuit d'amour. Le temps fuit et sans retour. 

                        (自動翻訳)    愛の夜よ。私たちの歓喜に微笑みを。
                           昼よりも甘い夜よ。
                          愛の美しい夜よ。時は流れ、戻ることはない。

 

どうもオペレッタ「ホフマン物語」は実在のE.T.A. ホフマン(作家と作曲家)を題材で。
・E.T.A.ホフマンの書いた幻想小説『砂男("The Sandman" (German: Der Sandmann)』に自動人形オリンピアがでてくる。
・シャミッソー「影をなくした男(ペーター・シュレミールの不思議な物語)」→E.T.A.ホフマンがこの作品に影響を受け鏡像をなくした男の物語『大晦日の夜の冒険』を執筆。

 

  → ジュリエッタの幕でホフマンは鏡像をなくしてしまう。


ヴェネツィアの舟歌:「ホフマンの舟歌」で有名ですが、オペレッタをみて劇の中でのこの歌と曲の位置づけがわかりました。

 

 

 

E.T.A.ホフマンは、くるみ割り人形とねずみの王様 の作者らしく、

チャイコフスキー バレエ「くるみ割り人形」と関連ありそう・・・

 

 

わたしはカメラは好きだけど、写真がどベタで、、つまり、機械としてカメラのメカ工夫とかデザインを見るのは好きなんだけど、絵(構図とか光の向きとかシャッターチャンスとか考え)絵になる写真を撮るのができなくて。。

でも、せっかく中古レンズを手に入れたり、デジカメ本体に取り付けると、どんな写りなのか見たくなるもんです。
子供が小さな頃は子供達を連れて撮ってましたが、大きくなりカメラを向けても笑顔を作ってくれないし、離れて暮らしてるので、、、
植物を撮ろうと・・・ (植物の写真は経験少ないんですが・・)

 

ニコンはこれまで余り使ってなかったです、ニコンがミラーレスに方向変換でデジタル一眼はやめるためか、ニコンのフィルム時代からのFマウントのデジカメ、レンズ達が安くなっています。(おかげでウハウハですが) ニコンは草花を撮るマイクロ(マクロ)中心にとも。

 

(本日テストしたのは下の2つのレンズです)

 

(1) Ai AF NIKKOR 35-70mm F3.3-4.5 (1980s-1990s ?) Nikon F-401時代のレンズ?  バブル期のレンズ。フィルムのAF一眼レフ好く撮れました!

 アメブロ、1m71 さんの記事の通り、

     AF NIKKOR 35-70mm F3.3-4.5 安価な製品にこそニッコール魂は宿る
     2024-06-03 19:00:03  テーマ:Oh,マイカメラ!

 Ai AF Nikkor 35-70mm (1989年頃)のAFズームが1本あり。AF zoomを試してます。
 確か、10年以上前に品川の某中古カメラ店で3000円前後(2700円くらい?)で買って、

 一緒にいたニコン党の先輩に「こんなレンズ買って何にするの??」と笑われた・・・ (布にくるんでビニール袋でしっかり閉じ保管してましたが)

 よく写ります! レンズが生き返った。

 茨城の研究所時代、このレンズとNikon F-401で、前の家族の写真をたくさん撮り。実験装置の写真を撮った。


(2) ネットオークションで安く買った 105mm micro nikkor (確か1万円ほどでした)

   花を撮るにはこのレンズとか?(謎)

6年程前に店に飾ってあった Nikon F2 Photomic + 105mm micro Nikkor のスタイリングが素晴らしく・・・ Nikon F2 は神奈川の先輩に安く美品をゆずってもらったもののフィルムの高騰で、今年9月デジにシフト・・・・

                     以上、どうでもよい話でした

(今朝の様子です)

 (蕾の間に結構虫に食われて花びらに穴があいてるけど、負けずに咲きます)

 

 

 

(右端のは花が開いて3日間咲いて、花が終わり、へたってます)。

 

 

(別の地点ので、1株だけ。花が開いて、朝日がよく当たって) 一匹狼のサフランです。

 

 (一番最初に咲いた辺り、2番目の花です。もう少し手入れして増やしてやりたいです)

  花は、光の多い方を向くようで。夕方になっても閉じず、夜も咲いてるようです

 

(庭木)

 (父の庭のキンモクセイが朝日に。近所の人のより強くなく、やさしい香りです)

 写真を見ると、なんか香りを思い出し 香ってくるようです・・・

 

  (アメブロ あかしあ通信さんの、最近の記事にあった花のようなと・・・)

 

 

  (小菊は蕾が増えてたなーって感じで。)

 

  11月の時期を好む植物も多いんだなと・・

  (ハマナデシコと思われるのが晩秋~初冬に咲いてたんですが??)

    初冬に咲くのでハマナデシコではないのかな??と思ってます。

 

同い年のハッサクの木

 (わたしが産まれた年に、父が苗を買ってきて植えたハッサクの枝です)

  近所の(同級生の)Iくんが、春頃きて、

  自分の家の普通のミカンのやり方でこの枝だけハッサクの花を摘み取ってしまい、

  この枝だけこんな実の成り方に・・・

 

  昨シーズン(今年の春)は5個くらいしか成らず、ことしは成り年のようで、

  結構、来年は、たくさん実が成りそう、

  実が成らないと寂しいし、成りすぎると 配るのが面倒だしです。。

 

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 105mm micro Nikkor と 35-70 zoom AF Nikkor の区別書くのを忘れましたが

(カメラ、まとめ)

ニコンはすごい、、。

 ニコン、Nikkor フィルム時代のFマウントのニッコール 

大衆機F401時代のズームレンズ、中古でボロ値みたいに売られているけど、

さすがにニコン。綿密に設計、作られております。

 

また、中古デジタル一眼も安いですが、Nikon のソフトウエアをPCで使うと、

Nikon Transfer → NX  Studio が良く出来ている。 

 

(スマホの時代に、デジタル一眼に目覚めたの?と、馬鹿にされそうだが、

 写真は伸ばして見るのがいいし、(老眼なのでスマホはほとんど使わなくなり)。。。

 はー ニコンさま、ニコンさま、、、

  (エルで始まる高級機のアレは、普通レンズで、近寄れる距離が1mまでなので、、、

   やっぱり、中古の

 micro Nikkor, Zoom Lens, AF-Ai Nikkor 、よいですね(^^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  最近というかこの季節は気分が落ちて、一日、滅入ってました。

 

  今朝なんとか起きようと思ったのは、昨日サフランのつぼみが大きくなってたので、

  見たいと思って、起きました。

 

 

   (ズームレンズが70mmまでで正面から撮れず、つぼみ横方向からの写真ですが)

   今朝8時半、まだ花が開いていなくて、明日かな~と思ってました。

  
   (他のところは未だつぼみがよく見えず。このつぼみだけ大きくなってます。)

 

    2時間後、 午前10時半、 花がひらいてきて、(正面から撮るため、105mmレンズに替えました

                      

        午後2時14分です 

 

            (花が開きました。 下の花びらが少し萎れてますが・・・)

 

 

庭のこの辺りは、何が植わってるか分からない辺りで、少しグリーンアスパラがあり、

9月下旬、造園屋さんが草刈り機で、

「この辺りはお母さんが何か植えてるようだから、高刈りにしときましょう」と少し刈ってもらい。

10月はイヌサフランが咲いてました)。 (経験あり信頼できる先輩です。)   

 

他に家の周り3か所の日陰辺りに芽がでてて、(多分、夏の暑さに弱いのかな?と)。。

植えた人の気持ちがしのばれ、花が咲いてると・・。

 演歌で申し訳ないですが ♪あなたのつけた足あとにゃ きれいな花が咲くでしょう♪ です。

 

 

  少しこの辺り綺麗にしないといけないですねー

  割れた鉢は元は父の盆栽ので、残ったおかずを「ここを掘って埋めて捨てて」といわれ、

  翌朝、タヌキか何かがほじくるので、鉢をかぶせたんでした(苦笑)。。

  (ジャガイモの残ったのを植えて葉が出てたけど、)

 

このあたりに、わたしが生まれて、父が苗を植えたという

ハッサクの木があります。 この辺りは、夏場は藪みたいにしてます。

 (下草 高刈りしてもらいましたが、、) 結構、おもしろい葉の下草が多くてあまり荒らしたくないです。

 (ハッサクがたくさん成って、色がすこし黄色くなったので、いつか写真を)

 

   (おまけ)

  サフランではありません、1か月前(10月9日)にイヌサフランが咲きました。

  母はこの辺りに球根系のを植えたんだなーと偲びます。