10年程前の飛行機内でのとこの5月の陸路の写真を比較しました。
海と山 どちらがお好きですか?
横浜から山陰に着きました。2か月半ぶりです。
気がかりだったのは庭の雑草たち。
3月半ばにはほとんど草は生えてなかったと思うのに、結構たくさん草が生えてて。
背の高い草が多くって(カラスノエンドウが今年は多いです)
草刈り草とりしてます。。
雑草もいっぱいの中に見ると)ちらほら花が咲いてました。
門にホタルブクロが
裏庭の木の下にホタルブクロたくさん咲いています。
草刈り、この辺りをどうしようかなと・・・
着いた日に忘れ草が咲き始め、次々花がひらいてます。花で初夏を思い出し。
紫蘭
水場に何か植えてあったんですが庭に無関心で全部枯らしてしまい、
1年前の3月末、花菖蒲を植え。冬~春先、葉は全部枯れてましたが花が咲きました。
今回、はじめて見る花で・・・
(散水で失敗して花びらが1枚おちてしまいました、つぼみがまだあるので楽しみ)
自分で苗を選んで買って植え、どんな花が咲くのか?って大事にするもんだなと。
風蘭、着いた日にはピンクの花が咲いてたですが、数日でおわってきました。
サツキは既におわっているのかまったく見えないですが、ツツジの花は咲いていて。
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長旅でした。
どうして何度も行き来するの?どうして楽な飛行機つかわないの?と皆に言われますが、
自分でもなぜかわからず、クルマでゆっくりです。
道中が長いと、いろいろ見えたり、すると思いつきがあったり。
横浜の川の土手の草刈りの様子を思い出し。(あんな具合に草刈りしてみようかとか)。
10~20の思いつきの内、1つくらいは合ってそうだったり。
わざわざ面倒な行き来するのは 行脚・行者もそんなだったんだろうが、風来坊の性分なんだろう。
今回の道中で思った事。
(その1)
恩師や親や先輩や他の人の言ってた事々や教えを、これまでそのまま受け入れてたんですが、どうも鵜呑みにしないってことが大事なんだった。
先生の話も、そうだと鵜呑みにせず、一度、白紙(御破算・ごわさん)にすること・・・
再構築しながら(その忠告を)思い出すことが自分で必要だったんだなーと・・・。
むかし九州の片田舎の飲み会の集まりで聞いた話、船員さんだったというシニアの先輩。
事業を引き継いでおられたんですが、「客船で世界を一周する。 北回りで何度かまわったんで、今度は南回りでいく。。」とか?会合で語っておられて、そんときは「ふーん」とただ耳にしただけだったんだけど、いま、同じような世代になってて、あーそうかーとか、、思ったり。
(その2)
「箸が転んでもおかしい(年頃)」 って慣用句の意味が理解できるようになり。
”お箸”が一種の生き物で、お箸が2人の子供がふざけて遊んでいる感じか?
「ペットボトルのキャップをあけたらキャップがコロンと床に落ちたり」
・・・無生物のが生きてるような感覚か。
できれば、お箸が転んでもおかしい年頃にもどりたいもんです。
農学部で土壌実習したことがあり、ユンボで土を掘ってるとどんな土がでてるか必ずガン見します。
2年くらい前に鳥取で広い範囲かなり深く(1m50cm~2m近く)掘ってましたが近寄れませんでした。年末~春先に歩いてる横浜市3か所で掘ってて観てました。
(掘り起こした土の写真を沢山撮りたいんですが、「怪しい人」と思われそうで撮れません)。
(1)この写真は今年1月に横浜市で土を掘っていた写真です。(現在は表土を入れ替え整地しました)1月14日16時過ぎで夕暮れで写真で土の色がハッキリ写ってませんが、
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北海道立総合研究機構 農業研究本部
北海道の耕地土壌 Q&A
Q.16「土」と「土壌」はどう違うのですか
(ウォーキングのきっかけ)
昨年12月と今年1月、クリニックの先生に勧められ、別の病院で春に胃と大腸の内視鏡検査をしました。内視鏡検査で問題がみつかったのと、血液検査で困った値がでて気分がずっと落ち込んでました。
結果を持って先生に相談、先生に「とにかく歩きましょう」「入るエネルギー量より出る量を増やす。食事の見直し」ということで一月半ばから横浜郊外を中心に歩いています。1月~3月頃までずっと気落ちし、4月から家族の心配ごとがありブログ更新したり、みなさんのブログを拝読するのができません。
ウォーキングは続けていて、何も考えないで歩くというより、歩いているとふと気づくことがありです。
(金網越しにタンポポみたいな・・・)
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1月半ばから横浜の郊外を歩いているのですが、冬場は富士山が見たいとか河原や土手の植物を観てたんですが。歩く目標として、少し先のお店とか、(下流または上流の)橋とか、遠くに見える電波塔とか、最近は神社や祠を目標に歩いてます。
天気のいい日は、1日8千歩以上をめざし(1日2回3回に分けて歩きます)、今週は腰を痛めてちょっと休んでいます。
歩きながら自分のウォーキングはこれでイイナと:
○朝起きて「これから4千歩あるこう」なんて思わない。朝起きてだるい「ゴミ出しついでに気分だけ歩く。
朝一日のとっかかりまず15分1500歩もあるくと、昼前後にまた歩く気になるもんだなと。
○目標を余りはっきり立てない。
「支度して玄関をでて50分5千歩しっかり歩く」とか「2km先の目印まで往復する」とか、「橋や鉄塔まであのルートを歩いて帰る」は考えないになりました。
○ルートをハッキリ決めない。
「この道は左側の歩道を歩き、次の交差点で青になるのを待って直進し・・・」なんてやらない。その場その場、その時の気分で道を選んでいく。(信号渡らず気分で右に曲がって見たりとか・・)道はずっとあるので知らない間に歩数は伸びてるんで。
○ときどき脇道・知らない道にそれてみる。
知らない細い道を通ると「ああー地図にはあるのに見つからなかった小さな公園があった」とか。遠回りで知らない道を通ると数百歩増えたり。
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そういうことを思いながら、最近ぼんやり思ってること&今日思ったこと:
「今日はこのルートで往復8km(1万歩)歩く!途中20分速足で1万歩を達成」
>これって「自分は80代まで生きるのが目標で、○○歳まで働き、その後はこうやって生きる。」というような頭の考え。そんな風に歩くのはやめようと。
3km先の電波塔まで決めたルートを速足で歩いて行って帰るのが目標だと歩くのが味気ない。3km往復が一生なら一歩は毎日。(3km先の電波塔まで行けなかったら目標達成できないことになる。電波塔往復だけが目標で、ウォーキング一歩一歩に楽しみがない。
>知らないあの路地を試しに行ってみて袋小路で引き返したり。ボーっと勘を頼りに歩いてて道を通り過ぎてしまい「アー道間違えた、遠くまできて迷子になった、どうすりゃ戻れるだろう?」と慌てスマホの地図を見て引き返したり。
そういうウォーキングでいいんだと(=そういう生き方でいいんだと)。
>道端や工場の花壇で見慣れない花を見つけたり、通りすがりの人と話をしたり。あっていい。
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5月6日、公園、写真の葉っぱ。観葉植物かなー?何の葉っぱだろう?(くすんだ葉の色だなー)と思いつつ、パチリ。
なんだ?この植物は???
撮ったあと思い出しました、
ああー春に満開だったチューリップの葉でした!
ちょうど1か月前4月6日の同じ花壇の写真を探しだし。
たった1か月しか経ってないのにねー。
自分もいろいろあって大きく変わったかな。
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(胃カメラ、大腸カメラの準備、結果待ちのときの自分の心境の変化で、頭で考えてるのと違う表にでない自分の心根があるってわかり。その発見をまた書きたいです)
(大好きな小道です)
うまく書けませんでした・・・
<間違いも多いし、まとまっておらず、調べ損ないも多い記事になってしまいました。 あとで没の記事にします。>>
コロナ制限の頃、5~6年前か?
毎日近所のスーパーに行って食品を買い帰宅すると必ず手洗い(これまで生きてきてあんなに手を洗ったことはなかった。)とにかく外は汚い・スーパーやコンビニは汚いという考えだった。。
ウイルスは目で見えることがない(光学顕微鏡でも見えないはず)だから、カートの持ち手が汚れてるだろうというイメージ、棚の手前のカップ麺や食品のパッケージは汚れてるイメージがありました。
「○○○ウイルスの入った溶液がどこでどれだけ活性があるか?段ボールにおくと数時間で活性が無くなる、金属(ステンレスや銅)の上だと数日活性がある。」という記事があり。意外でした(銅って抗菌作用ありそうと思ってたから)。
だからお金(紙幣・特にコイン)は超汚れてる感じで余り触らず。神経質な私はせっせと手洗いしてました。
もっとすごいのはネットの記事でイタリアに在住の日本人の方の記事で「スーパーで買い物をして帰ったら必ずシャワー、洗髪もする」とあり・・。(コロナの時期はそんなの読んでたです)。
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コロナ期、毎日、地植えのバラの木の世話をしていて、草取りや土をさわって手が汚れるし、殺虫剤まいたり。。だから作業後は同じ液体せっけんで作業後に手洗いしましたが、土いじりしながらふと思ったのは「スーパーのカートの持ち手やお金(紙幣・コイン)と、草や土壌とどっちが危ないんだろう?健康にリスクあるのどっちだろう?」なんて思い。
いまも手はよく洗いますが。手洗いは慣れたので、バス・トイレや洗面台の掃除も割と気軽に掃除するようになりました。(トイペで便座の汚れ擦って落としたり簡単)。
林修先生の言葉、凄いなと私的に解釈したのは、
「いつやるか?今でしょ!」
汚れをみつけた、「いつやるか?今でしょ!」→すぐカーペットのゴミを素手でとればいい。見つけたらすぐやる!
もともとは(あいまいな英単語がでたら、すぐ辞書を引くとかネットで検索したり。英単語の意味が不明な時すぐにネットでしらべる!)なんですが。。
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汚れというのは見えないんで、「汚れているだろう」というイメージで手を洗う。手を洗うことで自分がリセットされる気になる。
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最近、思うのは、例えば、食後の皿。
→食品の残りかすでよごれた皿。食べる前は綺麗だった皿・衛生的に綺麗な食品がのってた皿が、食後には汚いと思う。
スーパーで野菜を買って帰る→根元を切って流しに→ばい菌ありそうなゴミと一緒に野菜の外側や根が捨てゴミに→それが汚く感じる(買ってすぐは清潔だったものが、、汚いものに変わっちゃう)。
豚肉のトレーがある→脂身を少しとってトレーにのせ→トレーだけをプラごみで出そうとする。(汚いものに変わっちゃってる)
肉でも魚でも、買ったときは綺麗だから手をきれいにしてトレーの肉を触る→調理し食べた後は残渣の血の付いたトレーが汚く感じる。
髪の毛が頭に生えてるときは素手で触れるのに→カーペットに落ちた数本の髪の毛が汚い。
それがまた他人のと自分のとで汚れ感がちがう。
20代の子供が鼻をかんで捨てたティッシュはより汚く感じ。
(使い終わった皿が子供のと自分のと、落ちた髪の毛でも自分のと他人のとで汚れ度の感覚がちがう)
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さらに靴下。自分の脱いだ靴下なら平気で洗濯機にもっていけるが、二十代の息子のはどこで汚れたか?息子の脱いだ靴下は摘んでなんとか洗濯機に持って行く感じ。
(あの子、赤ちゃんのときオムツでも平気で手で触ってたような)。
こういう「汚れ感(汚れイメージ)」って、なんでかな?と。本能的なのか?それとも目に見えないのに「微生物学」の余計な知識からなんだろうか?
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コロナ時代の練習のおかげで、「流水でよく洗えばいい。ベタツク油汚れは石鹸か液体せっけんで洗えばいい。
手を拭くタオルが臭くなってる。(これも室内干しのせいで目に見えない細菌が繁殖のせいか)。
そして、手も洗えばきれいになり、衣類も、タオルも、洗濯して日に干せば、また綺麗になる。
風呂に入ったり手洗いすれば(一応)清潔に生まれかわる・きれいに戻るようなイメージ。
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(おまけ) 研究所時代
細胞培養のために無菌室を造って、先輩方何人か何チームか3チームほど共用で簡易の無菌室をつくったんです。
ルールがあって。
前室→奥に(クリーンルーム)部屋にわかれ、
前室に入る時に清潔な白衣に着替える(オートクレーブで滅菌してた?)。
薬用せっけんで手を良く洗い、マスク着用、手術用手袋、アルコールスプレーも?。
でドアを開けて奥の部屋(クリーンルーム)に入る→奥の部屋に3m四方くらいのビニールの部屋がありう(上から無菌フィルターの風が常時ながれ中が無菌)→ビニールのクリーンルーム中に入ると、さらにガラスで仕切ったベンチ(無菌のドラフト)があってその中で操作。。
無菌の風が常に上から流れるしビニールの中は無菌?とおもってましたが、ある日、軽くキャップしてある使用済み培地(栄養のある溶液)が放置されていて、見るとボトルの溶液にカビが生えているのを見つけて・・・ 「あーあ、、」と。
つまり、キレイというのがイメージ(幻想)でしかない。。。
(ご注意、これはちゃっちい研究室の大昔の思い出ですので
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1950年前後の 食品汚染。汚染されてるのに、食べてはいけないことがわからない。 ヒ素、重金属、残留農薬、有機水銀・・・。。
細菌毒、毒性物質、そういうの目に見えないから、わからない。
((腐っている臭いや、ご飯が酸っぱくなってるっていうのは食べちゃいけないと認識できるのに))
腹をこわすくらいなら経験の一つですが、
かなり昔から、食品汚染で、大きな被害をうけたのが、今の人の本能や行動にどう残ってるのか?
(コロナかのとき、駅前の喫茶店が、持ち帰り弁当を売ってて、夏場に自転車で買って、あちこち回って帰ってから食べたら、おなか壊しましたが)
ここまでは、もの 見えないものの汚れとキレイのですが、
対人関係においても、汚れと、きれい はあるかな?と。。
赤ちゃん・幼稚園・保育園児・小学校低学年までくらいは、きれいなのに、だんだん汚れがつく。
思い出すのは、山口百恵さんの歌「白い約束」。”綺麗なまま 生きることは無理なのかしら~ 私たちも いつかは汚れて しまうのかしら ..」。
精神的にも無垢なままでなくてよごれていく?
(こころの方)
そして誰かと話した後で嫌な気持ちになったとき、話をした相手の心(意図)が、汚れなのか?好いのか?判別つかない。
実際のところ、 汚れって、目に見えないから、わからない。
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「汚れているだろう」(汚れの本体はある程度推察できる)
バス・トイレ・洗面・流し(カビ・真菌類・微生物だろう):
トイレ、ごしごし汚れを落とす。流し:ゴミを片付けて少し汚れとり。→水で流す→手をよく洗う。。
食品: 腐敗(おそらく微生物だろう)、油の酸化もある。
臭いをかぐ、味をみる。、、ちょっとだけ食べてみる?
<毒> 汚染 難しいです。
最近の食中毒や天然の毒の件でニュース(情報を得る)も大事だろうけど。
実体がわからない。しかし、被害は甚大。
ボツリヌス菌もあったし。残留農薬もあったし。
ヒ素(わかやまのではないです)
毒の思い出
(二十歳の頃、実験で経皮毒をつくっていて、白衣の手首についた毒が全身にまわって、足まで皮膚炎がでて参ったのを思い出します) 経皮的に取り込まれて全身回った。。
万年時計こと万年自鳴鐘(和時計)
昨夜、テレビを付けたら
時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜
万年時計〜江戸時代の天才が生んだ驚異の機械時計〜
をやっていて、22:30~ 1時間ちかく。 途中で眠ってしまいました。今朝気になり、ネット配信でみました。
1)バネを巻くと大体1年動く(1年巻き) 非常に力の強い特殊な金属でできてる。
2)和時計は、明け六つ(日の出)~暮れ六つ(日の入り)で、正午は午の刻(うま)、深夜子の刻(ね、ねずみ)。明け六つと暮れ六つは、冬至→春分の日→夏至→秋分の日→冬至で時刻間隔がかわる。
3)心臓部?はスイス製の懐中時計(西洋の時間は間隔が一定)
和時計の仕組みがよくわかりましたが・・・
思ったこと
1年間機械を動かすエネルギー源(ゼンマイ・バネ)は非常に強力。そのエネルギー源を、ゆっくり動く歯車から徐々に動力を分散させていって、季節、月や太陽の角度へ、一日の動きへ、日内で一周の時計→秒針・・・ と伝える、、
(逆に、生活というのは逆で、秒針→分針→時針→一日→週→月→季節→一年→→→一生かもな?と)
力(動力、エネルギー源)で動く歯車や針は(水が流れる方向みたいに)一定方向ですが、、和時計の万年時計は、ただ同じ方向に動くのでは季節の変化が出ない・太陽や月の高さの季節変化ができない。ある転換点・変換点がある。(例えば夏至までは日が長くなって→夏至から日が短くなっていく)。そのメカはセイコー社のチーム名付けた「虫歯車」だった。この特殊な歯車で、冬至→春分→夏至の間は文字盤が日中の時刻が扇状に開いていき、夏至→秋分→冬至の間は文字盤が扇が閉じて狭くなっていくような。 (動力で歯車がずっと右回りとか一定方向に進んでない・・)
(自分の生活も「おれはこの道で行く」って一直線でなくって、いくつかの”変換点”があって、あっちに振ったりこっちに振ったり。)
冬から段々暑くなり気温は永久に上がり続けるんものじゃないんですものね。
(田中久重の弓矢のからくり人形。腕を伸ばして(矢をつまんで)腕をもどし。弓を引いて矢を放つ。 これって幾つかの転換点(変換点)が組み合わさっていて。(腕を伸ばす・矢をつまむ時とか、矢を放つ時って、変換点で。それは「決断してる」みたいな=脳の活動・意思を感じさせるので、それが”考え、まるで生きている感じ”で驚き感動ですね。
2005年度(2005年か2006年頃)に放映された番組が、
「時をかけるテレビ」で2026年4月の昨夜再放送です。
20年間で大きな歯車がゆっくりゆっくり1年を20(一生の約4分の1)動いたんだけど、その間、小さな歯車たちはせっせと秒単位日単位で動き。
20年の間、何回か大きな転換点があり、右に回って開いて閉じて、左に回って開いてって感じで、2005年からの20年間でした。
https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009010694_00000
2005年08月11日(木) 午後08:00 〜 午後09:15
(結果)
(風呂掃除が行き届いていないですが)
LED電球(60W相当)明るさも色調も好い感じ。
チラつきはないです。
LED電球の選び方(まとめ)
・明るさは、電球相当40W, 60W, 100W でどれにする?
→場所によって明る過ぎると落ち着かないです。
・色、電球色、昼白色、昼光色 どれがよさそう?
・(光の広がり方:店頭には広配光が多いようです)
・密閉型器具対応/非対応→重要、
・(調光対応/非対応 →調光タイプ(光を明るく暗く出来るタイプの器具の場合は重要)
(この組み合わせの中から1種だけ選択は迷います)。
安いので試して、あとでメーカー品に交換だと大分助かります。
余談1
実家の3部屋は、日立、東芝、パナのLED天井ライトでリモコンで調光・調色なので、明るさ強度・色調には悩まないです(やっぱり色調は高い方が良いです!)
電球1個の浴室、洗面、トイレ、玄関の電球交換時はやっぱり考えます。(元あった電球の型番をよく調べれば他メーカーの相当品でOKですが結構大変)
山陰で使っていた旧型の日立の洗濯機フィルターの紹介をしました。20年前の洗濯機は網の袋でしたが、日立の縦型洗濯機の糸くずフィルターは取扱いが楽なケースタイプになっていました(カセット・タイプ)。
(ご注意)
ドラム式の洗濯機の糸くずフィルターは手入れ方法が違うようです。
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横浜で使っている東芝の洗濯機の糸くずフィルターもカセットタイプです。
洗濯後、ケースを外して蓋をひらくと・・・プラスチック製のケースの底に糸くず(繊維のくず)が溜まっています。
(表裏、細かいメッシュと荒めのメッシュで、底にゴム製の弁があります。水がメッシュから出てゴミが濾されたまる?)
今週、子供がティッシュペーパーをポケットに入れてるのに気づかず洗濯してしまった糸くずフィルターです。
(左にたまった塊を右に移してます)
ティッシュペーパー屑が濾され、塊になってます。
ゴミの取り出しが楽です。。
衣類についた米粒とか、小ゴミも取れています。(この面は粗めのメッシュです)
一緒に洗濯してしまったティッシュペーパーの白い小ゴミは見えるのを取りますが、フィルターで完全に取り切れてなくて、洗濯前にポケットのティッシュのチェックは大事ですね!!
洗濯ででるティッシュペーパーの小ゴミや髪の毛は、一般の集合住宅のベランダ掃除で少々やっかいです。
今の縦型洗濯機の糸くずフィルターは日立、東芝、似た感じのカセット(ケース)式ですが、これだと1つのカセットの掃除が簡単で、ゴミの取れ方も良いようです。
昔ながらの袋方式から、カセット方式を考案した工夫はすごいと思います。(洗濯→脱水時で、水がどういう流れにで糸くずが溜まっているのか、仕組みが知りたいです)。
(参考)
古くなりましたが・・・ 古いタイプの袋タイプ。
2024/8/20 日立の旧型・洗濯機のフィルターの記事です。
山陰での用事を済ませ、先週末横浜に着きました。
3月中旬の横浜郊外、この花があちこちに咲いています。
画像検索で・・・ハナニラか???
河原にも咲いています。
空地に
町工場の花壇にも
オオイヌノフグリも・・・
オオイヌノフグリ、45年前を思い出します。みどりの会という(緑化、植物、ハイキング)の会があり。卒業前の遠足で越生梅林に行き、足元にこの花がたくさん咲いていて、名誉顧問の教授が「これは何ていう植物なの?」と問われ、植物に詳しい数人が「オオイヌノフグリ」とつぶやいて、教授が「どんな植物?」と聞かれても皆だまってたんですが、この花をみると学生最後の頃を思い出します。(大きな犬のフグリってことで、返事に詰まったんでしょう)。。
鶴見川の土手を歩くとカラスノエンドウが咲いていて・・・
いろいろな植物で、草原の感じ。
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(余談)
3週間程ぶりに横浜に帰って驚いたのは、ベランダの(排水の)黄色い粉でした(スギ花粉か?)
粒子が細かく均一、うすい黄色のきれいな粉ですが、家族2人がひどい花粉症で水で流して掃除しておきました。。
(関東地方は乾燥気味なので風で飛散しやすいのかなと・・)
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近くのコンビニ前の広い道路脇の草です
これどんな感じに成長するかな?と・・・
(3月はじめ鳥取で撮った雑草達と比較してみます)