他者との関係の希薄化 | diary of trial and error (new title)

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最近は玄関のお客さんと言うと。宅配の人は好いけど、営業の人が多くて、

営業には疲れる(話を聞くだけなので)。

近所の人にイベントに誘われて、一緒に行くと、何かの販売(景品でつる怪しい)会場。

商業主義が広まり過ぎで、他者との付き合いもしにくくなり。

独居老人だと誰とも話をしない。

 

郵便物の中も、印刷物を一枚一枚、営利目的か否か見極めないと捨てられず。

ネットで「お得なチャンス」といっても乗らない。

メールも、安全なメールか、迷惑・フィッシング詐欺か見極めが必須。

他との敷居は高くなる。

 

先日、NHKかどこかの番組で、アリ達が集団で物を運ぶときに、多数のアリ達が情報を交換しながら活動の方向を決めていて、遊んでいるように見えるアリ達が情報を収集をして、実動部隊に伝えながら、集まった情報で「知」を共有して物を運んでいて、「全体知」というとのことだった。アリ達は仲間の間で情報に敷居がない。

 

(番組で「全体知」=人間の民主主義に似てるとか話していたけど)人の全体知は、”流行”だし、”社会的な認識や方向”だから、政治以上のものだろう。(政治や法律の方が後追いだろう)。

 

現在の地方の人々は、例えば、近所の井戸端会議もなくなり、立ち話も少なくなった。「全体知」を形成するための(曖昧かつ沢山の)情報の交換が減って来た。(都市部と地方との情報のやり取りも減って来たように思う)。

 

独居老人は「オラウータン」的なのか??(というネットの記事です)

 

第1回 オランウータンと「少子化」と「孤独な子育て」

 

 

霊長類では異例 専門家が教える、「孤独」極めるオランウータンの生き様