まさか…。
頸部の痛みのため今年の種付けを3月に中止し、その後は療養につとめていると思っていたが、28日の手術後、29日に起立不能となり、今日になって頚椎に骨折が確認されたため安楽死の処置が取られたという。
ディープインパクトとの思い出は尽きない。
初遭遇は、私がただ一度だけ訪れた2002年のセレクトセール。億超えでなければ注目されない中で、ひっそりと7000万円で落札されたディープ牡馬には、会場で目の前で落札された記憶はかろうじてあるものの、思ったより安価だったことから馬体や存在感はまったく感じなかった。
それから1年半が経った03年の暮れ。当時POGでブラックタイドを指名し、衝撃的なデビューを飾った直後に届いた情報は、「弟のほうがもっと凄い」というもの。その弟こそがディープインパクトだった。
04年のドラフトで“きょうだい優先権”でちょっとズルして2位でゲットし、ワタシとディープのPOGロードが幕を開けた。当初、馬体の印象はマイラーだった。兄ブラックタイドがいかにも種牡馬になりそうな抜群のバランスを誇る中距離タイプだっただけに、弟は小柄でやや前傾の前躯のつくりから、兄よりスピードはあるが距離に限界がありそうな気がしていた。そんなイメージがいい意味で裏切られたのが、2歳暮れのデビュー戦であり、続く若駒Sの伝説的圧勝劇だった。
そこからはメディアで大きく注目され、爆発的な人気が出たことで、ワタシのディープではなく“みんなのディープ”へとなっていった。皐月賞はもう1頭のPO馬シックスセンスとのワンツーを震えながらゴール前で見守り、ダービーは無敗の2冠を圧勝で飾ったシーンを大観衆に埋もれながら見届けた。
そして迎えた3冠最後の菊花賞。10月23日当日は初めて京都競馬場まで足を運んだ。すべてはPO馬の無敗の3冠をこの目で見るため。正面スタンド後方の立ち見でその時を待った。ゲートが開き、ディープが行きたがる素振りを見せると、スタンドのどこからともなく声が上がった。
「シー!!!」「静かにしようぜ」
馬群が1周目の正面を通過する時、誰もがディープの3冠を祈り、異様なまでに静まり返ったあのスタンドの光景は、ワタシの競馬人生で忘れることのできない名シーンだった。その2分後、外から猛然と突き進むディープを静寂から歓喜へと変わったスタンドの大歓声が後押しする。まさに人馬とスタンドが一体となっての無敗の3冠馬誕生の瞬間だった。
このディープインパクトとの出逢いがあったからこそ、当時の「競馬最強の法則デジタル」に2年連続で紹介され、個人的にブログも開始することになった。ワタシにとっては、POG人生の集大成であり、たくさんの思い出と可能性を与えてくれた名馬である。17歳という齢は確かに若いが、その馬体には間違いなく日本競馬の何十年分もの進化が詰まっていた。残された産駒からいつか父を超えるようなスーパーホースが誕生することを願いつつ、いまはお疲れさまと静かに見送りたい。合掌。