先日、小学校高学年の子と話をしていて、ちょっと驚いたことがありました。
時計が読めない。
もちろん、デジタル時計ならわかります。
でも、壁に掛かっている針の時計を見せて、
「今、何時?」
と聞くと、しばらく時計を見たまま止まってしまう。
そこで聞いてみました。
「家に針の時計ないの?」
すると、
「ない。全部デジタル」
なるほど……。

考えてみれば、今はスマホもタブレットもデジタル。家の時計までデジタルなら、針の時計を見る機会はほとんどありません。
昔は家の壁に時計があって、
「あと10分で出るよ!」
と言われれば、長い針がどこまで動くのかを何となく見ていました。
5分、10分、30分という「時間の長さ」も、時計の針と一緒に自然と覚えていたように思います。
学校では低学年で時計の読み方を習います。
でも、一度習ったことでも、普段使わなければ忘れてしまいます。
これは時計だけの話ではないのかもしれません。
便利になったことで、昔なら生活の中で自然に身についていたことを、今は意識して経験させないと身につかない。
「高学年なんだから、時計くらい読めるだろう」
大人は、ついそう思ってしまいます。
でも、その「当たり前」は、大人が子供だった頃の生活環境の中で、自然と身につけていたものなのかもしれません。
できないことだけを見るのではなく、
「なぜできないんだろう?」
と、その背景を考えてみる。
子供たちを見ていると、そんなことも結構大事なんだなと感じます。
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