「これ、レポート課題なんですけど・・・ちょっと協力してもらえますか?」
高校生からたまにこんな依頼が届きます。
解答・解説のある問題ならばそれを見て自分で勉強を進めればよいもんですが、こういう類の課題はそうもいきません。
そもそも「答えのない問題にどう取り組むか」というのがレポートの主旨であったりするわけなので、単純に問題の解説をすればいいというわけでもありません。
「お、そしたらどういう方針を立てて取り組むかが大事やよねー、どんな風に問題を捉えて何から手をつけてみたけー?」
もしくは、
「どんな風にやっとるんー?途中まででもいいから見せてー」
もしくは、
「俺も最初からやってみるし、ちょっと待っとってー。理解した上で、また後でじっくり相談させて!」
と、状況に応じて対応の仕方を間違えないように注意しながら協力させてもらっています。
感覚的には、「俺もやってみるわ」と、生徒らと同じ土俵に立ってみた時が一番しっくり話し合いが進む気がしているので、時間に余裕がある時はできるだけその方法を取るように心がけています。
「よしゃ、解けたぞ!これって、(1)が誘導になっとるからそれと同じようなやり方でもってけば(2)も解けそうやけど・・・どんな感じになったん?」
おそらく(2)の計算の途中で何か不具合が出ただけでしょう、しっかりヒアリングして誤りを発見しようと努めます。
「あ、そこじゃない?回転移動のときにここだけは負の向きにせんなんのに・・・」
「あーーーーーー、ホントや逆やん!?てことはやっぱり解き方はこれで良かったんですねー、くそー計算ミスか・・・もっかいやってみます!!」
これで解答に辿りつけるハズなのに、どこかで異変が起きている、でもそれがどこか分からない。
そう言ったときに、今のところ人間の先生にも出番がありそうです。
ですが、ふと気になって質問しています。
「これって、例えばGeminiとかに『これのどこがおかしいか教えてください』って言ったら、きちんと誤りを指摘してくれたりもするんじゃない?」
「えー・・・そんな使い方はしたことないですね・・・。」
なるほど。
確かに、「これ解いてみてください!」とか「これの解説お願いします!」は使い方としては容易に想像できますが、せっかくなんでもう一歩踏み込んだ使い方もしてみたいものです。
ちょっと実験してみました。

計算ミスをした解答をチェックしてもらいます。
「答えが合わないんですけど、どこがおかしいでか見てもらえますか!?」

やっぱり!このくらいだったらすぐに判断してくれています。
更に気になって聞いてみます。
「模範解答を作るとしたらどんな解き方になりますか?」

最初に代入法で解こうとしたからか、代入法で解く方法が先にまとめられていて、次に加減法で解く方法ものせて返してくれました。
なるほど、使い方さえ正しければ、すごく力になってくれそうです。
ところが、肝心の計算式が文字化けしてしまっています。
「数式の一部が文字化けしちゃってます!何とかなりませんか!?」

話の分かるヤツです。
然るべき入力をすれば、然るべき出力が返ってきた、そんな実感があります。
もちろん、チャットGPTもなかなかひどいように、どんな生成AIにもハルシネーションがつきものです。
『本当に合っとるか・・・?』という疑念はいつも持ちながら、彼らの言うことに耳を傾ける必要はあります。
しかし、これは人間でもそうですからね。
特によく間違ったことを言っちゃう人、これはもうハルシネーションを起こしやすいAIと同じような人種ですから、
『アイツの言うことは信用ならんからな・・・、ちゃんと裏付けがあるか調べてみよう・・・』と一緒です。
程よく信じて程よく疑って、望むべき形で使用できるリテラシーを、「教養」と呼ぶのでしょう。
教養を身につければ疑わしくとらえるべきものと信じるべきものとの違いを見極められるようになるし、情報の取捨選択を間違わないようになるのだと信じております。
「やっぱ投資ってやった方がいいんかなー?」
突然、友人からこんな質問が届きました。
「そんな質問をするくらいやったら、やめといた方がいいかもね。」
私はハルシネーションを起こさないように努めるようにしておりますが、その代わりAIと違ってちゃんと冷酷です。
「ま、酒でも飲みながら相談にのるくらいならいつでもできるから、飲みたいときは声かけて!」
いつの時代も、答えのない問いに向かうのは難しいものです。
答えがないんだったら、どうやって自分の納得できる答えに辿り着くか、そこへ行くための道のりをちゃんと考えることが大事だと思うのです。
AIの進化に伴って、人間の未来を不安視する声は絶えません。
しかし、私は決して未来は暗いとも信じきれないのです。
いつの時代も、答えのない問題、誰もが経験していない問題なんて山積しているじゃないですか。
そんな時に、知ったかぶりのAIがいつも正しい道を指し示すわけがないと思っています。
そこには、勇敢な人間がいたり、慎重な人間がいたり、データよりも直感を大事にする人間がいたり、その逆の人間がいたり、色んな人間が英知を集めて答えに向かって歩み続けると思うのです。
そして、歩みの中でまた工夫や改善を重ねていくハズです。
もちろん、機械も頼りながら、です。
「合格したいんだけど、どうしたらいいかな?」
まさかそんなことをAIに聞いたところで、正しい答えなんか返ってくるわけないからね。
もちろん、人間にそんなことを聞いたところで、一緒です。
答えはきっと、奥の方。心のずっと、奥の方。ですよ。
情熱さえ絶やさなければ、人間はちゃんと幸せに生きていけると信じております。
それでは聞いてください、ブルーハーツで、情熱の薔薇♪
なるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せを、なるべくいっぱい集めようと思う、西野でした。