感情に流されているのは誰だ | 空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

裁判員、刑事司法、ロースクールなどを事務所の意向に関係なく語る。https://kollect-arts.jp/

裁判員裁判で検察官の求刑を上回る判決が出たとのこと。

このニュースについて、感情に流された判決だ、恐れていたことが現実になった、だから裁判員なんてやめとけばよかったんだなどというコメントがあふれている。それも弁護士がそのようなコメントをしている。

なぜ、そのように短絡的にしか考えられないのか。

この事件の弁護人はどのようなストーリーを立て、それをどのような方法で裁判員に伝えようとし、どこが裁判員に共感されなかったのか。

このようなことを一切検証しないまま、ただ結果のみをとらえて、裁判員は感情に流されやすいだの何だの言っている人こそ、感情に流されていると思う。

これまでは弁護士の法廷弁護活動が自白事件の量刑に影響を及ぼすことは少なかった。裁判員事件では、もろに結びつく。このことを自覚して、もっと個々の弁護士の法廷弁護活動に着目すべきだと思う。