S氏は長年タクシー運転手として働いてきた。
そして、平成19年8月のある日、午前2時30分ころ、タクシーを運転して都内のT字路交差点を左折したところ、何かを轢いた。
それは、道路上に寝ていた人間だった。道路上に寝ていたA氏は亡くなった。
S氏は自動車運転過失致死罪で逮捕された。
ところが、東京地方検察庁は後日S氏を釈放し、不起訴処分にした。
一方、東京都公安委員会は平成19年10月12日、S氏の運転免許を取り消す処分を行った。
これに対し、S氏は運転免許取消処分について、その処分の取り消しを求める訴訟を提起するとともに、運転免許取消処分についての執行停止を申し立てた。
東京地方裁判所は運転免許取消処分の執行停止を認め、さらには、運転免許取消処分について取り消す判決を下した。(つまりこのような事故で免取をすることは違法だとした)
その理由は、S氏が交差点を左折した際、A氏はS氏の死角で寝ていたのであって、S氏は道路上に寝ていたA氏を視認することができなかったから、安全運転義務違反はないというものであった。
東京都はこの判決に控訴し、昨日控訴審の判決が出た。
東京高等裁判所は次の理由から、原判決を取り消した。(つまり免許取消は有効だとした)
「本件左折の時刻が午前2時30分ころであったことすなわち交通が閑散な状況であったとしても、路上に人が横臥しているかもしれないということは自動車運転者として常に念頭に置いておくべきことである・・・(特に夏季の夜間においては道路上に人が寝そべっているかもしれないということを強く念頭に置いておかなければならない)」
「S氏はA氏を物理的に見ることができた」
「もし、真実、被控訴人(S氏)が主張するように本件交差点を左折するに当たって原告車両のフロントガラスを通してあるいは助手席ドアの窓を通して本件左方路の安全を確認することが物理的にできなかったのであれば、自動車運転者たる被控訴人(S氏)としては、むしろそのまま本件左方路に左折進入してはならないのであって、その場合には、原告車両を一旦停止させた上で運転席で背伸びをしたり身体を前に出したりして安全を確認し、それでもなお安全確認ができない場合には原告車両から一旦降りて本件左方路を直接目視すべきであり、決して本件左方路の安全が確認できないままに本件左方路に左折進入してはならないのである。これは自動車運転者としての基本的注意義務であり、仮に多くの自動車運転者がそこまではしないという実態があるとしても、そのことによって被控訴人に課せられた上記の法的注意義務が免除されるわけではない。もとよりこれが被控訴人に不可能を強いるものでもない。」
この判決を読んで私は思わず椅子からひっくり返りそうになるくらいのけぞった。
物理的に目視が可能かどうかはともかく、その他の点は到底理解しがたいのではないか。
裁判官は本当にこのように考えているのか、それとも、免許を取り消すという結論ありきで、その結論を導くために無理やり理由をつけているのかよくわからない。