江戸時代 東海道五十三次の
桑名宿と宮宿の間は海路を使いました
移動距離が七里(28km)であった事から
七里の渡しと言われていました
桑名宿 七里の渡し
今は揖斐川に向かって大きな木の鳥居が
復元されています
江戸時代の桑名宿 七里の渡し絵
水面は揖斐川です
反対側には帆船じゃなくて
漁船がいっぱい
蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)
絵図にも残された七里の渡しの
一番目立った櫓が蟠龍櫓です
現在は『水門統合管理所』です
景観を考慮して蟠龍櫓型にしたようです
国土交通省もやるね〜〜!

揖斐川・長良川
手前が揖斐川で水門のある方が長良川です
愛知県の東側、三重県の北側は木曽三川
揖斐川、長良川、木曽川が流れ込み
洪水多発地帯だったのです
洪水被害回数表
江戸時代に大きな治水工事をしていますが
頻繁に洪水被害にあっていたようです
最高は50年間に40回以上ですね〜〜!
明治に入ってオランダ人技師を呼んで
治水工事をして洪水被害が激減しています
七里の渡しと東海道
鳥居と松の植え込みが絶妙ですね〜!
前の道が東海道です
明治時代に治水に成功し
陸路が整備されるとともに
七里の渡しは衰退してゆきます
七里の渡し石碑
保存会があるのですね
街道沿いには多くの料亭が並んでいます
花街
書いてあります
↓
いまだに残っているのが貴重です!!
「その手は桑名の焼き蛤」という諺が
ありますが、すっかり地図の紹介にハマって
はまぐり料理食べて帰りました
残っている歯を大切にしたい人はこちら
↓
たかぼん
宮宿 七里の渡し 奇妙なブログ
桑名宿 七里の渡し跡 マップ










