敷津松之宮・大国主神社 奇妙に二つの名前があり大国町(だいこくちょう)にある | 誰も行かない観光地をめぐる奇妙なトラベラーたかぼんブログ

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奇妙な物、奇妙な出来事に会わずして旅行といえない!!人は旅に行くことによって、自分と違う土地、違う食事、違う習慣、違う考えを見て、それらを認め合うようになるのです。あるいは、自分を発見するのかもしれません。人類の平和のためにLet's go トラベル

大阪地下鉄の御堂筋線に「大国町(だいこくちょう)」という古めかしい名前の駅がある

そのルーツを求めて行ってみると

 

敷津松之宮・大国主神社がある

 

ここの神社入り口は南側

 
敷津松之宮神社
 
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 弥生時代、神功皇后が三韓を平定されて住吉大社に凱旋報告の為、敷津浦を航海中、『これから汐が満ちてはいけません』と松の木を渚に三本植え、素戔鳴尊(すさのおのみこと)をお祀りになり航海の安全を祈られたことから「松之宮」と呼ばれたらしい

手水舎
 
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向こう側には楠稲荷社
 
拝殿
 
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氏神様」と書いてあって
 
主神
素戔嗚大神(すさのおおおかみ)
大国主大神(おおくにぬしおおかみ)

しってます~??大国主尊て、素戔嗚尊の娘婿

娘を結婚させたくない、素戔嗚は大国主に
三つの悪さをする

大国主命の社は左側に東側を向いている
 
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三つの悪さ
蛇のいる部屋で寝させる・・・ 娘のスカーフで助かる
ムカデと蜂のいる部屋に寝させる・・・ムカデと蜂除けを娘がくれる
広い野原で物を拾わせて火をつける・・・ネズミが野原の穴を教えてくれて、穴の奥で火が消えるまで待つ

素戔嗚なかなか頑固おやじというか、
よっぽど婿を嫌っていましたね~!


それで、大国主尊の社は狛犬(こまいぬ)ならぬ狛鼠(こまねずみ)
 
狛鼠(こまねずみ)
 
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大国主と大黒さんは音が似ているので、ここでは一緒になっている
地下鉄の駅も「おおくにちょう」ではなくて「だいこくちょう」

大国主尊は
江戸時代の1744年
出雲大社から分霊を勧請(かんじょう) したらしい
 
東側に
 
大国主神社の入口
 
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日頃は閉まっている

素戔嗚大神は南面して大国主大神は東面して仲悪いわけです
 

 
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大国主神社の入口の横にりっぱな楠

そしてここの神社のもう一人のりっぱなスターが
 
スーパースター木津勘助
 
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江戸初期の土木建築のエキスパートから、スーパースターに上り詰めた
 
1587年相模国生まれ、本名中村勘助。秀吉の家来となり、木津川の開発をして、
姫島を勘助島にしても良いと言われた。

大阪夏の陣の後に、死体の片付けをして、

豊臣滅亡後、大阪城代松平忠明に重用される。
 
1633年飢饉の年、蔵屋敷を襲って、貧しい人に施した

時の奉行は、処罰すると民衆が怒る、
処罰しないと、面目丸つぶれ

目と鼻の先の勘助島へ島流しにされた
勘助島(今の大正区三軒家)は自分が開発した島
 
この事により、浪曲、講談、落語によってスーパースターに成り上がった
 
やっぱり人の為になる事をしないかんなぁ〜
 
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